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【全中自】昔々早稲田では【再建】

1 :革命的名無しさん:2007/03/09(金) 02:11:47
鉄製の三段ベッド(二段だったか)が懐かしい。
その前は畳の上に饐えた匂いがする布団で雑魚寝だった。
思い出の学館生活を語ろう。

2 :革命的名無しさん:2007/03/09(金) 02:37:42
カクマルオワタ

3 :革命的名無しさん:2007/03/09(金) 03:41:54
>>1
ぐだらねえスレタイつけんなよ。
そんなにコケマルだけのスレにしたいのかよw

4 :革命的名無しさん:2007/03/09(金) 03:50:06

川口大三郎君虐殺事件 
http://www.marino.ne.jp/~rendaico/seito_gevalt_kawaguthiziken.htm

革マル派館
http://www.uranus.dti.ne.jp/~yuugeki/maru00.htm

カクマル  97年「早稲田祭」に行って来たぞ!
http://www.uranus.dti.ne.jp/~yuugeki/waseda.htm

革マル派講演会に行く
http://www.uranus.dti.ne.jp/~yuugeki/maru.htm

内ゲバでGO!
http://www.uranus.dti.ne.jp/~yuugeki/utigeba.htm

革マル派
http://mentai.2ch.net/kyousan/kako/961/961346735.html

革 マ ル 派 2
http://money.2ch.net/kyousan/kako/971/971060632.html
 


5 :革命的名無しさん:2007/03/09(金) 09:51:55
以前にもカキコしたけど、(第一)学館は71年に「入居」しましてね。

それ以前はたまり場というのは大隈講堂横の新聞会の掘っ立て小屋。
つーか、夜間ロックあるがまだ実施されていないので、各号館で作業はでき
たし、キャンパス周辺の下宿が泊まり場になっていたから、それほど支障が
なかった。

夜間ロックアウトになるのと前後して、旧東洋美術陳列室を早稲田大学新聞会
の拠点として獲得。
まあその後は、おなじみ早稲田、いや全国革マル全学連の総本山となる。

最初の頃は言ったように周りにいっぱい活動家の下宿があったからね、
ムスケルなどの作業する以外は、それほど泊まり込む活動家もいなかった。

11.8事件や対青解三連敗などいろんなことがあっても、学館の存在が
大きかったことは事実。




6 :革命的名無しさん:2007/03/09(金) 10:12:48
>>3
オイオイ。おとなげない。くだらんケチツケ小僧。
お前の性格かなり捻じ曲がっているようだ。
大人になったら。小心者の悲しい男。

7 :革命的名無しさん:2007/03/09(金) 10:47:43
>>2・3
カルトウォッチャーは去れ。

8 :革命的名無しさん:2007/03/09(金) 10:50:57
>>7
カクマルカエレ!

9 :革命的名無しさん:2007/03/09(金) 11:23:59
みんな性欲の処理はどうしてた?
学館でオナったことある人いる?

10 :革命的名無しさん:2007/03/09(金) 12:40:08
オナニーと内ゲバとナーバスの青春

11 :革命的名無しさん:2007/03/09(金) 13:19:31
第一学生会館のむさい三段ベッドしか知らないから、自由?だった
時代はうらやましいです。


12 :革命的名無しさん:2007/03/09(金) 13:38:52
だんだん党派関係が厳しくなってくると、学館に泊まり込むことが
多くなっていく。
寝るのも窮屈になって「ここなあ、二段ベッドとかにしたらスペースができ
るのになあ」って思っていた。
実際にできたのは三段ベッドだったか。w

13 :革命的名無しさん:2007/03/09(金) 14:00:58
>>12
横国の現闘団が一番奥のスペースをとって常駐していたからね。
はじめて学館に泊った時は、何処ぞの兵営かと思った。
女子は女子部屋があって、スペースもユッタリしていたので羨ましかった。
当時出始めたばかりの新型の薄型ウォークマンを持ち込み、ヘッドホーンで音楽を
聞きながら寝ていた。結構、いびきやら歯軋りやらで五月蝿かったし、いい消音?効果になった。

14 :革命的名無しさん:2007/03/09(金) 15:11:09
>>13
オイオイ、ちょっとイエローカード気味だぞ。w

15 :i'm not 12:2007/03/09(金) 15:54:37
>>14
四半世紀前の話。
既に歴史の一部となっている話しだし、このあたりまではいいのでは?

16 :革命的名無しさん:2007/03/09(金) 17:08:35
横国の現闘団が常駐って何ですか?

17 :革命的名無しさん:2007/03/09(金) 18:44:19
横国と和光大の派遣(含ゲバ)要員の寝床は。しっかり学館や教室wに
用意されていたわけで。

18 :革命的名無しさん:2007/03/09(金) 18:49:48
他大学生だったけどSOBに「早大文連常任になれ」と命令された俺が来ましたよ。
質問ある方は、どうぞ。

19 :革命的名無しさん:2007/03/09(金) 18:55:41
SOBってなんですか?

20 :革命的名無しさん:2007/03/09(金) 19:03:04
ソッチ系サークルじゃない文常委やってた俺もきました。

21 :革命的名無しさん:2007/03/09(金) 19:09:04
(内ゲバの予感)

22 :革命的名無しさん:2007/03/09(金) 19:17:28
いつも「全中自」名乗ってビラや立看出してたが、実態は無かったんだよな。
未公認や非公認の政経、文の者が公認自治会だった商自や社自に混じって
「全中自活動」してたわけだ。大学当局からは無視されてたし、法自=民青
の攻撃材料でもあったのは、皆さん知るところ。

23 :革命的名無しさん:2007/03/09(金) 19:48:10
>>20
文連常任委員会ってどこでやってたんですか?

24 :革命的名無しさん:2007/03/09(金) 19:49:11
>>18さん
質問に答えてね。


25 :革命的名無しさん:2007/03/09(金) 19:54:21
>>23
どこかは言えませんが芸術ブロック選出です。

26 :くま ◆tsGpSwX8mo :2007/03/09(金) 20:06:35
何?

27 :革命的名無しさん:2007/03/09(金) 20:49:20
大隈銅像前の集会では、その闘争課題にもよるが文連がアピールしたり、
商自や社自の新入生が乗せられて決意表明したり、そして全中自がアジり
締めはマル学同革マル派早大支部の強烈なアジ。どうかすると「ウジ虫中核
云々」とやりだすから、そのたびに側で社自委員長のJ君が脇腹つついて
トーンを落とさせる。あ〜、今はなつかしき光景ですねえ。

28 :革命的名無しさん:2007/03/09(金) 20:59:18
40過ぎても和光大の聴講生させられていた俺も来ました。
住んでいたのは、もちろん早大の○○教室です。

29 :革命的名無しさん:2007/03/09(金) 21:02:37
>>22
>「全中自」名乗ってビラや立看出してたが、実態は無かった

そりゃそうです。1972年の川口君虐殺で完全に崩壊しましたから。

30 :革命的名無しさん:2007/03/09(金) 21:14:32
私が早大に常駐させられていた頃は、早大常駐マルの早大生、非早大生比率は
ほぼ 2 : 1 。

31 :革命的名無しさん:2007/03/09(金) 21:17:07
最後の黄金期世代92〜94でこぼれた奴このスレにいない?
一文自のK、文連のI、商自のS、二文自のSとかの同期。

32 :革命的名無しさん:2007/03/09(金) 21:48:46
その当時(80年代)の革マルは凄かった。
活動家は軽く100名を超え、周辺やシンパを含めると200名
近くはいたよ。大隈講堂で学費値上げ反対の団体交渉をやれば
1000名以上の学生が集まったものだ。


33 :革命的名無しさん:2007/03/09(金) 21:52:52
それが今や一桁だもんなあ。

34 :革命的名無しさん:2007/03/09(金) 22:05:40
革労協に殺された五十嵐さんも80年代ですよね。

35 :革命的名無しさん:2007/03/09(金) 22:12:00
五十嵐は早大から國學院へ行って34歳だったんだっけか

36 :革命的名無しさん :2007/03/09(金) 22:31:37
>>32
80年代、大隈講堂でやった早稲田最後の団交、私も参加したかったですね。
私は、その礎を築いた世代ってとこでしょうか。

37 :革命的名無しさん:2007/03/09(金) 22:33:53
>>22
全中自なんたって、学生は相手にしなかったね。よくミンセイにいびられてたじゃん。

38 :革命的名無しさん :2007/03/09(金) 22:44:58
>>37
>よくミンセイにいびられてたじゃん

全中自だろうが全学連だろうが、ミンセイをいびったことはあっても、いびられたことはなかったが。
いびられたやついるのかな??

39 :革命的名無しさん:2007/03/09(金) 22:53:33
元・□○のみなさんに質問。『権力の謀略』って現役時代は信じていましたか?

40 :革命的名無しさん:2007/03/09(金) 23:15:55
元西原学長を追い詰めた頃の革マルの勢いは凄かった。
学生運動の冬の時代を突破したと叫んでいたんじゃないかな。
何せ。連日連夜。学内では300名規模のデモ。学内でも集
会が開けば500名以上は集まった。また法自の民青は革マル
の圧倒的な勢いに押され革マルに「協力」しなくてはならない
ほど押されていたな。大隈講堂での団交は総数で3000名
近い学生が参加したんじゃないかな。

41 :革命的名無しさん:2007/03/09(金) 23:34:18
85年の学費闘争パンフ持ってるよ。
この時の法自のH委員長って今弁護士だよね。


42 :革命的名無しさん:2007/03/09(金) 23:38:30
>>39
信じていなかったよ。

43 :革命的名無しさん:2007/03/09(金) 23:42:03
>>40
気持ち悪い大学だったんだな。

44 :革命的名無しさん:2007/03/09(金) 23:52:35
あの当時の当局は革マルにまったく手が出せなかったな。
立看・ビラまき、クラス討論など革マルのやりたい放題。
革マルの影響力の凄さにおもわず、
西原学長は「学生のみなさん愛してる」と叫んだという
エピソードもある。

45 :革命的名無しさん:2007/03/09(金) 23:52:59
H大の方が燃えてた。

46 :革命的名無しさん:2007/03/09(金) 23:53:03
>>42
70年代後半から80年代前半にかけてZで「革マル主義者たらん」とした人間にとって「権力の謀略」は
信じる信じないの問題ではなく、感性的事実だった。
月が替わるごとに、知ってる顔の先輩が虐殺されていく・・・・
ウジ虫や青虫の動向を探る特殊な任務についていたが、彼らにそうした能力も技術もないことはハッキリ
していた。形式的な「切」を繰り返すだけの「非公然活動家」である「革命軍」とやらが、そうした実態でない
ことを目の前で見せ付けられているだけに、「権力の謀略」に対する憤激は大きなものだった。

47 :革命的名無しさん:2007/03/10(土) 00:04:44
>45
たしかにH大=北海道大学の革マルも凄かったですね。

48 :革命的名無しさん:2007/03/10(土) 01:08:54

 凄いのは専修と学習だろに。


49 :革命的名無しさん:2007/03/10(土) 01:14:19
病気は治らないんだねw

50 :革命的名無しさん:2007/03/10(土) 01:46:00
津田忘れてもらっては敵わん


51 :革命的名無しさん:2007/03/10(土) 02:14:55
沖縄マンセーの次は、早稲田マンセーかよ。
カクマルの妄想は死ぬまで直らないな。

52 :革命的名無しさん:2007/03/10(土) 07:13:59
>>19
ガクセイソシキイインカイ

53 :革命的名無しさん:2007/03/10(土) 07:33:28
>>18
誰がSOBかどうか、なぜわかるんですか?
公表でもしているんですか?

54 :革命的名無しさん:2007/03/10(土) 09:08:37
感性的事実って、何ですか?そういう観念を事実と信じる、ということ?
革マル派の事実認識は独特なので、その時代に貴方がたが信じたり感じたりしたことを宜しければ回顧して下さい。

55 :革命的名無しさん:2007/03/10(土) 10:16:13
>>54
>>46ではないのですが、
戦後の三大謀略事件(三鷹・松川・下山)といわれているものに対する、
あなたの事実認識や見解を聞かせて下さい。

56 :革命的名無しさん:2007/03/10(土) 10:20:50
私は80年代後半組ですが、謀略というのは最後まで?でした。
ただ、水本裁判の傍聴に行き、証人の元警官とかが、異常に原告側
に気を使う様子や、さまざまな裁判のやり取りを目の当たりにして、
これは権力の謀略か何か権力が絡んだ犯罪に間違いないと確信した
ことを覚えています。
話は変わるけど、チビ官スタイルが多い早稲田の中で、五十嵐さんは
いつも身近にいた、本当に優しい人だったので、私はショックでしば
らく塞ぎこんでしまいました。

57 :革命的名無しさん:2007/03/10(土) 10:23:50
>>85年の学費闘争パンフ持ってるよ。

当時の文連の委員長が有名な○見さんだったっけ


58 :革命的名無しさん:2007/03/10(土) 10:47:13
ちんこを斬られた事で有名な石田委員長は、今あかね図書なんでしょうか?

59 :革命的名無しさん:2007/03/10(土) 10:51:10
>>46
あなたは一生病院ですか?w

60 :革命的名無しさん:2007/03/10(土) 10:52:13

ここは、未だに抜けきれないコケマル隔離スレの様相。
 

61 :革命的名無しさん:2007/03/10(土) 10:55:23
>>55
オウム返しのように、そればっかりですねww

革マルにとっての拠り所は

>戦後の三大謀略事件(三鷹・松川・下山)

しかないのでしょうかww

62 :革命的名無しさん:2007/03/10(土) 10:58:20
>>45>>47
北大の全学連特行(世間では「JAC」といふ)だったけど、なにか?

63 :革命的名無しさん:2007/03/10(土) 11:03:42
>>56
>私は80年代後半組ですが、謀略というのは最後まで?でした。

週に1度、ありだけ個別に思想学習会してやったのに、まだ
こんなところでそんなこと言うのか!
2年でコケたお前が偉そうなこと書くな。
一生、公に出でくるな!!

64 :革命的名無しさん:2007/03/10(土) 11:08:35
カルト信者って脱して何十年経っても
抜 け ら れ な い ことが、よーくわかるスレですねw

65 :革命的名無しさん:2007/03/10(土) 11:23:12
革マル系が主催していたころの早稲田祭は日本一だった。
来場者の多さと文化と自治の祭典にふさわしい雰囲気が
そこにはあった。20近くあった本部・革マル系サークル
主催の講演会があり、有名な文化人・著名人もこぞって
参加したものだった。まさに早稲田祭は日本の文化戦線
最先端をいっていた。あの頃が懐かしい。

66 :革命的名無しさん:2007/03/10(土) 11:25:59
>>65
>早稲田祭は日本の文化戦線最先端



67 :革命的名無しさん:2007/03/10(土) 11:28:55
>64
カルトウォッチャー=ウソツキウォッチャーらしい。

68 :革命的名無しさん:2007/03/10(土) 11:32:07
早稲田祭が中止になった理由
http://www.geocities.co.jp/CollegeLife/8080/documents/nuts/chushi.html

69 :革命的名無しさん:2007/03/10(土) 11:39:01
こけたらホームレスかルンプロのウジムシ・アオムシに何言われようが気にしない

70 :革命的名無しさん:2007/03/10(土) 11:39:32
【当局派】法学部自治会【反革マル】
http://wasechan.com/test/read.cgi/hougakubu/1020938726/

71 :革命的名無しさん:2007/03/10(土) 11:40:46
>>69
コケマル爺、涙目w

72 :革命的名無しさん:2007/03/10(土) 11:41:35
我々一般『小ブル市民』の視点から見たら、国鉄三大謀略云々→革マルへの謀略という革マル的事実は、えらい飛躍した考え方ですな。脱会してもさまよい続ける元オウム信者みたいなもんや。

73 :革命的名無しさん:2007/03/10(土) 11:43:12
あまり早稲田祭のことは、いばれないよ。
資金稼ぎだったと批判されたし、弾圧の口実を与えた
のは残念なこと。
カマトトぶるつもりはないけど、会計や手続きのクリ
ーンさは、最低限のモラル。
私も広告取りをやったが、今でも後悔している。

74 :革命的名無しさん:2007/03/10(土) 11:44:51
たしかに中核・青解からダウンした人間は犯罪に走る傾向が
あるらしい。そもそも中核・青解現役でも、万引き・下着
ドロボーで捕まった輩が沢山いたよ。

75 :革命的名無しさん:2007/03/10(土) 11:47:25
分析!早稲田祭(97/9)
http://www.mars.dti.ne.jp/~kei/articles/freetalk/j_talk07.html
続分析!早稲田祭(98/08)(98/11)
http://www.mars.dti.ne.jp/~kei/articles/freetalk/j_talk09.html


76 :革命的名無しさん:2007/03/10(土) 11:49:15
>>74

死ぬまでマインドコントロールから抜けられない内ゲバ爺

77 :JAC:2007/03/10(土) 11:50:13
>>74
そりゃいけません。
連合赤軍の加藤さんを見習っていただきたい。
かってあさま山荘で機動隊と銃撃戦を演じた加藤さんは
今、環境問題に取り組んでいて「密漁」などを警察に通報しています。

78 :革命的名無しさん:2007/03/10(土) 11:52:42
たしかにパンフを買うことなしには早稲田祭に入れないのは
間違いだったかもしれない。新聞会の件も似ている問題があ
るような気がする。もっと柔軟な対応、機転の利く対応があ
ればこれほど当局からの弾圧を受けなかったかもしれない。
結果的に既得権として勝ち取っていた全てが奪われていく
結果になってしまった。

79 :革命的名無しさん:2007/03/10(土) 11:56:53
Sep.22,1999
早稲田祭はなぜ開催できないのか
http://www.waseda.jp/student/weekly/tokusyu/tok878.html

80 :革命的名無しさん:2007/03/10(土) 11:57:32
虎のしっぽ踏んジャッたからだろ。

81 :革命的名無しさん:2007/03/10(土) 11:57:37
松川は謀略で間違いないが、下山と三鷹はどうかな。

82 :革命的名無しさん:2007/03/10(土) 11:58:26
痴漢で捕まったチュン・アオもいたよ。

83 :革命的名無しさん:2007/03/10(土) 12:09:14
なんか、沖縄スレと同じでOBシンパの代理戦争みたいになっている。学生革マルの実態がわかるスレと期待していたのに。OB達はもっとあの時の活動実態や本音をさらせよ。

84 :革命的名無しさん:2007/03/10(土) 12:10:33
>>72
質問に答えて下さい。
国鉄三大謀略云々じゃなくて、権力の謀略と思うんですかそうじゃないんですか。


85 :革命的名無しさん:2007/03/10(土) 12:13:00
どうも革マルは組織戦術の名のもとに、各戦線の方との連携が得意
でないように思うな。早稲田にも革マルには入らないが、やってい
ることは正しいというシンパはかなりいた。それは早稲田の教授や
職員の中にもかなりシンパシーをもっている方がいた。
しかし組織戦術のもと原則的に、革マルの運動以外は相容れない雰
囲気ゆえに、そうしたシンパシーを抱いていた方も離れていく結果
になったと思う。結果的にセクト主義丸出して、柔軟性のない組織
になっていたようだ。

86 :革命的名無しさん:2007/03/10(土) 12:18:22
>>46
46 :革命的名無しさん :2007/03/09(金) 23:53:03
>>42
>70年代後半から80年代前半にかけてZで
>ウジ虫や青虫の動向を探る特殊な任務についていたが


コケJAC、50過ぎて2ちゃんでDQNカキコの日々。

87 :革命的名無しさん:2007/03/10(土) 12:30:34
>>83
洪庵乙。
いくら便所のカキコといっても、オマエらが喜ぶネタをなんでもやると思ったら
間違いだよ。w

88 :革命的名無しさん:2007/03/10(土) 12:32:58
私のクラスでは、私と友人がZFで、シンパが一人いた。
しかし、友人から柔軟性がないとよく言われたし、
党派性丸出しだった気がする。思想が受け売りになって
いたかもしれない。
ダウンしてから、やっと自分で考えられるようになった
気がしたから、重症だったか。

89 :革命的名無しさん:2007/03/10(土) 12:44:00
>>87
お前が一人で必死になってもなあw

90 :革命的名無しさん:2007/03/10(土) 13:04:24
WのZFの組織化基準は他大学に比して緩やかだった気がする。
他大学では闘争委レベルの思想水準の人間もZFに組織化していった。
他のブロックにおける各組織でのZFへの結集は、即謀略襲撃の対象となりかねない場合が多いので
ZFに組織化する当人にそうした自覚を促す必要もあったので。
77年から78年における「水本闘争」の過程でZに結集していったメンバーは、そうした意味で「反謀略」
の意識は即自的ではあれもっていた。
そうした77年組みの中からも、専修大学のK塚君や、東大のH頭君のような謀略による犠牲者が生み
出されていった。

91 :革命的名無しさん:2007/03/10(土) 13:11:12
>>90
30年間、オツムは思考停止。一生お花畑でお幸せに。

92 :革命的名無しさん:2007/03/10(土) 13:15:28
初心者ですみません。
ZFてなんですか?

93 :革命的名無しさん:2007/03/10(土) 13:27:00
>>92
革マル全学連フラクション。
革マルの下部組織。

94 :JAC:2007/03/10(土) 14:10:10
早大生悲願の全中自の再建を!

95 :革命的名無しさん:2007/03/10(土) 14:13:43
× 早大生
○ 解放社

96 :革命的名無しさん:2007/03/10(土) 14:28:44
藻舞ら、場内に喧嘩持ち込むな、ここは革マルOBや元関係者の思い出話を聞くスレ。

97 :革命的名無しさん:2007/03/10(土) 14:44:57
早稲田スレだろ 反戦連合について語ろうぜ

98 :革命的名無しさん:2007/03/10(土) 15:01:01
>>85-88
思想の受け売りというレベルとは別に、運動づくりにおいて必ずしも
>>85のようなことは単純には言えない。
労働戦線と違い学生戦線の場合、党派的課題をストレートに実現していくと
いう構造上、ある意味党派運動スタイルに陥る傾向はあるにしろ、全くそれ
の裏返しになることもあるのでね。

△△年の○○闘争は完全に大衆運動主義的に闘われ、運動を大きく作ること
それ自体が眼目に置かれ、闘争収束時には全くといっていいほど組織が作れ
ずに終わった。今から思っても全然革マルチックじゃない運動だった。




99 :革命的名無しさん:2007/03/10(土) 15:02:28
付随して述べると労働戦線に移行した学生活動家は、労働現場の
活動家とよくぎくしゃくしていて(た)ね。
学生時代に染みついた党派運動スタイルや活動家の高みからす
る言動などが、組合場面で地道に活動している労働者からする
とかなりの違和感を感じてしまうわけだ。
大量に学生活動家が移行した71〜72年をはじめ、時々論議さ
れている(た)問題、だけどそれは「セクト主義丸出して、柔軟
性のない組織」という問題ではない。


100 :革命的名無しさん:2007/03/10(土) 15:04:39
>>98
それは71年の学費値上げ爆砕闘争のことか。
大衆に左から乗り越えられないよう炎瓶ビシバシの。

101 :革命的名無しさん:2007/03/10(土) 15:05:06
田中寿実同志が >>100 本斬りを達成しますた
           '~" ̄ヽヽ;i;;;i;;;;i;;;;i
              ノ:ノ::ノ;/;;;;;i;;i  あぁ・・・寿実い、いっちゃうぅぅ
        __,,,,,,,,,,,___/:/;/:/;;i::ノ/
  /^~"´ ̄-‐‐‐'''"´/:/;ノ;;;;ノ://                _、-、_
 /::::::/:::::::_,,,、---‐‐'''`~,、-''/::/              /"`'ー-''`''-、
/:::/:-‐''''"~~::::::::;;;;-、,,,,、-,,、-‐ヽ,,_             /        ヽ
;/;;'`"~、-''''''~^'''''ー-、_,,i:i、  ヽ`ヽ、;ヽ、,,,ノ.   /"´ ̄~''/         ::::ヽ
;;;/~":、---、___/´ ,,i:'''  ::   ヽ. ヽ.`'''"´  /´    :::./         :::::::i
;;;;;'''''^~~~~^'''''/ー-  ';、 :::    `  ヽ`''ー-,,,i_    -‐''"         ::::::::;/-、,
;;;、;;;`''ー-,,,,,,,,,,,,,,_,,,,,、_   ''       ',::::    `'ー _、-'''~ ̄`''''''ー-、  :::::;/::  ヽ、
;;;ヽ、ー、;;ー-、,,,,,,,、-‐''"    .;´ ̄`,   ',::::,,,,、-  /"'::;,:ヽ    、    ヽ.:::::::      ''ー
:::::ー、ヽ、,,''ー-ヽ.''''",.,;' "^' 'ー-‐'' . _、-'''''"´  / ヽ,,,ノ   ヽ|     ヽ::::   ::
:::ヽ、`''ー-、ー-、'ヽ"、i;.     ヽ /"     i:::        i:     ':::   :::::
、::ヽ;;ヽ、:ー-、,,,,,、.ヽ ';''   ノノノ/;/        i::::::::::      υ    "    :::
ヽ,,_::''‐、,,,,''ー-''ー-"''/~'"''"/:/::      ::、:::i..::::::::::::::::::::::::::::::::::::       :::::::::
  ヽー''"~´     ヽ、  "`'i::::::::i、:..    :~^ヽ:::::::::::::::::::::::::::::ノ:::::::::::::::i'/::::::::::::::::::::::
~´   ::: :::::::::;;;;;; ;;;;;;;;;;;_,,、--、_i.::::::'ノ::::::::     `''ー-、,,,,,,,,,,‐'":::::::::υ::::υ::::::::::::::::::::::
    ヽ'''''''''''''' ''  :::::;;;;;;;;;;;;;;;;`-、:::::::::::::::::iノ:::::::::::   """`''ー、,,_;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;

102 :革命的名無しさん:2007/03/10(土) 16:39:44
>>100
いや、70年後半の2度の学費値上げ反対闘争のことか、
あるいは田中内閣批判のロッキードデモか。

103 :革命的名無しさん:2007/03/10(土) 16:42:49
八十五年の学費値上げ反対運動は、燎原の火のごとく急激に盛り上がっ
た運動であったが、大衆迎合主義的な傾向として批判された。
当時の総括の会議を覚えているが、運動それ自体に舞い上がって、勘違
いしてしまったということに、最後まで自覚できないままのメンバー
もいた。その後5年間近く、この傾向は陰に陽に見受けられた。
しかし、組織拡大だけ考える傾向が強く、そうした人間だけが重用され
る傾向には、私はずっと疑問を感じていたし、今もどうかと思う。

104 :革命的名無しさん:2007/03/10(土) 18:56:24
反原理運動も同様だったな

105 :革命的名無しさん:2007/03/10(土) 20:27:10
>>102
そういえば70年中盤にマルが田中内閣云々でチョロチョロ動いてたね。それだけでしたが・・・・。

106 :革命的名無しさん:2007/03/10(土) 22:06:13
北方領土はどうよ?

107 :革命的名無しさん:2007/03/10(土) 22:42:54
2005年12月20日
早稲田大学文学部での
ビラ撒き不当逮捕を
許さない
http://wasedadetaiho.web.fc2.com/

108 :革命的名無しさん:2007/03/10(土) 22:58:40
ここ↓の 壊れマル、どうにかなんねえのか?w

早稲田ノンセク
http://money5.2ch.net/test/read.cgi/kyousan/1155832400/l50

109 :革命的名無しさん:2007/03/10(土) 23:50:59
>108
お前の方が壊れている。
カルトウォッチャーは地獄に落ちる。

110 :革命的名無しさん:2007/03/10(土) 23:54:18
地獄を信じるお前はカルト。自己暴露乙w

111 :革命的名無しさん:2007/03/11(日) 00:05:07
>110
哀れカルトウォッチャー。
誰も相手にしてもらえないから遊んであげただけ。

112 :革命的名無しさん:2007/03/11(日) 00:31:44
>>111 カルト

113 :革命的名無しさん:2007/03/11(日) 01:02:28
>112
カルタ

114 :革命的名無しさん:2007/03/11(日) 11:14:19
国鉄問題への対応はどうか。
労働組合という大衆団体を守り、労働者の雇用を確保すること自体は戦術として
正しかったと今でも思っているが、国労など動労以外の組合の労働者に対する
様々な嫌がらせや敵対などは、革マル派組織の党派的課題を労働組合にストレ
ートに適用した結果の誤りではないか。

115 :革命的名無しさん:2007/03/11(日) 11:19:01
国鉄分割民営化についての、学生戦線のスタンスはどのようなもの?

116 :革命的名無しさん:2007/03/11(日) 12:24:29
マル学同も国鉄労働者の闘いを学んでほしかった。組織を守るために
当局とも鉄労とも「手を組み」戦術も大幅にダウンさせて取り組んで
きた「柔軟的な組織戦術」は正しかったと思う。その結果、組織は動労
の2倍以上を確保することができている。
それに比べて、党派性を直接的に体現する自治会運動ではあるけれど、
ガチンコで原則的な対決姿勢を崩さないゆえに、当局の弾圧に力でね
じふせられ、また権力の介入を許す口実をあたえ、最大拠点の早稲田
をはじめ関西の拠点大経大やその他の拠点校が次々と崩壊させられて
しまった。国鉄の労働者に学んで、もっと柔軟な戦術をとっておけば
これほど壊滅的な打撃を受けなかったと思う。

117 :革命的名無しさん:2007/03/11(日) 12:49:59
確かに。マル学同は蛸壺化した狭い視点でしか考えられていない。
権力者や資本家すら情報公開に取り組み、各種データの透明度を高めたり、
手続きの公正さが要求される時代背景を認識すれば、大人の対応がこれまで
にも増して求められることは明白なはず。一般学生以上に学生気分が抜けて
いないのでは。ただ、国鉄労働者内部の実際の対応は、褒められないことも
多いので、私は全面賛成とは言えない。

118 :革命的名無しさん:2007/03/11(日) 12:52:04
マル学同が動労に学ぶと、やはり原理と手を組むことになるのか?

119 :革命的名無しさん:2007/03/11(日) 14:17:34
>>114-118
動労における国鉄民営化に対する戦術の転換は80年春闘んいおける国労・動労共闘の実現、80年8.15〜10.20を頂点とした
<反社民・代々木中央>の闘いの前進に恐怖した代々木中央による「統一労組懇」への労組内代々木党員への強制と、一旦は国労・
動労共闘を中軸とした労働運動の右翼的再編への大衆的反撃を決意した代々木内労組指導部(中西を実態的代表とする)部分の
党中央への屈服、その結果による総評労働運動の二分化(帝国主義的再編に棹差す部分と「統一労組懇系への)による右翼的再編
の闘いの頓挫。
これを歴史的前提とした動労の組織戦術の転換と、それに敵対する国労の動向、これらを抑えた上で評価しないと単に動労が組織防
衛の為のみに、その戦術転換を図ったかのように見えてしまう。
この過程で、向坂系・代々木中央系の国労内ダラ官どもは、自らの党派的目的のために、国労組合員の首を国鉄労働運動の壊滅を
決意した日本ブルジョアジーとその政治指導部たる国家権力に、自ら突き出させるという、およそ階級闘争に責任を持つ組織として行
ってはならない事を行ったのが、国鉄からJR各社に分割・民営化における過程で行った、社民・代々木の裏切り的犯罪に他ならない。
歴史に「IF」はないとしても、国労が動労と足並み揃えていたとしたら、「民営化」は避けられないとしても、組合員の雇用は守れたかも
しれない。
動労が全施労及び仇敵の鉄労と手を組んだのは、「組合員の雇用を守る」という一点においてのみ合意できたからであり、鉄労の運動
方針全体を認めた訳では決したない。
同様に学生自治会レベルにおいて「自治会の非公認」という大学当局の攻撃に対して、「原理」や所謂右派系学生が「自治会を守る」と
いう点において合意できるのであれば、批判の自由は留意した上で、勿論彼らを巻き込んで上での闘いはできるだろう。
しかし、組合と違って原理や右派学生がそうした「統一」を行うことはあり得ないと思う。

120 :革命的名無しさん:2007/03/11(日) 14:36:00
国労のダラ幹が歴史的犯罪に手を染めたのは、私も同感だ。
だからといって、国労という労働組合及び組合員を敵に回した子供じみ
た敵対や苛め、数限りない悪罵は、褒められたものではない。
同様に、右派学生と手を組めないのは労働組合と違うのは当然としても、
小児病的対応で、早稲田祭の中止を始めとした当局の弾圧の口実を与え
たのは、余りにも視野が狭く、残念。敢えて、当局の言い分にも応える
形を取りながら、当局の弾圧の意図を制し、当局内部の力関係をも揺さ
ぶりながら、自治会組織や文化組織を守るべきだったのではないか。

121 :119:2007/03/11(日) 18:18:39
>>120
中途半端な戦略的撤退は、最も味方にダメージを与えるのは常識。
更に国労の一般組合員に対して、敵対や悪罵を投げつけた訳でない。
あくまでも彼ら国労一般組合員をダシに動労の戦略的撤退に敵対した向坂・日共系ダラ官ども
に対して原則的な対応を取っただけ。
国労組合員に中途半端な幻想(闘えば勝てる)を煽り立て、気づいた時は戦略的撤退さえできな
い状況に追い込んだ責任は、全て日共・民同ダラ官にある。
早稲田における敗北は、単に早稲田における敗北に還元できないと思う。
まあ原則的な自治会作りを怠り、フラクションとしての学生運動に埋没していたのかもしれないが。

122 :革命的名無しさん:2007/03/11(日) 18:35:23
早稲田はあまりにもクラス・サークル活動を軽視し、反戦運動
一本やりで、革マル組織にいかに学生を組織化するのかの観点
からしか活動していなかったから、本来基盤となるべき早大生
の信頼を得ることができず、完全に浮き上がっていたと思う。
基盤をつくるにはいわゆる「世話役」活動も必要であり、クラ
ス独自の活動も大切であるはず。しかしクラス委員も積極的に
組織化することなく、反戦以外の話はほとんどしなかったと思
うよ。

123 :革命的名無しさん:2007/03/11(日) 18:52:38
>>122
自治会を自治会として形態的に強化・確立するということは、労働戦線における労働組合の形態的確立との
アナロジーにおいて何度も論議の対象となっていたことだけれども。
そしてその結果としての自治会選挙における、全学連派の勝利という構造のあり方は過去の「学生戦線」や
「闘う全学連」でも何度も触れられていた筈なのに。
まあソ連崩壊以降の学生の意識の急速な右傾化・無関心化にどう切り込んで、学生自治会の形態的確立を
追求するのか、自分がその当時現場にいたとしても、それを切開できるだけの力量があったかと言えば、正直
言って全く無い。
85年の学費までが、ある意味そうした原則的闘いを形成しえた社会的土壌がまだあったのだろうとしか、結果
主義的にしか言えないな。

124 :革命的名無しさん:2007/03/11(日) 19:25:03
全国の学生運動のシンボルだった早稲田において、闘う自治会が
崩壊すると、全国各自治会に与える影響は計り知れない。
たぶん学生の既得権を次々と剥奪されるであろうし、自治会の非
公認=崩壊がドミノのように連鎖していくであろう。その結果、
学内で反戦闘争の組織化ができなくなるばかりか、自主的で自由
な自治・サークル活動ができなくなるのは目に見えている。当局
の許可のもとでしか学生が動けなくなるのではないでしょうか?

125 :革命的名無しさん:2007/03/11(日) 20:29:41
>>124
もう崩壊してます 誰も闘う自治会なんて思ってません 

126 :革命的名無しさん:2007/03/11(日) 20:31:40
>>122
>クラス委員も積極的に組織化することなく

オレは入学当初、クラス討論なるもので自治会と接触を持ち、最初にクラス委員として
春の早慶戦のチケット割り振りをやらされ、クラスではすっかり革マルシンパとして
認知(?)され、学館や11地下自治会室出入り自由で、4.28、5.15、6.15
とデモの誘いをして回った。その間、動労の支援集会やら夏は合宿で理論学習、てな感
じでクラス委員として順調(?)に歩んだもんだが。
いやなに、70年代後半の話なんだが。

127 :革命的名無しさん:2007/03/11(日) 21:13:57
中核や青解に殺されなくて良かったね。


128 :革命的名無しさん:2007/03/11(日) 22:13:05
>>126
お前、充分革マルシンパじゃんw

129 :革命的名無しさん:2007/03/12(月) 00:12:23
ブサヨがいっぱいのスレだなw

130 :革命的名無しさん:2007/03/12(月) 00:14:05
まあね。仲間に入りたいの?

131 :革命的名無しさん:2007/03/12(月) 00:44:38
学生時代に立花隆氏の『中核vs革マル』と云う本を読んだ記憶がある。
相手をゲバる事を革マル派は「鉄槌」中核派は「せん滅」とお互いに
独特の用語があったんですね。
革マル派の黒田氏と中核派の本多氏がかつては同じ組織で二人三脚でがんばって
いたのに、後年あれほど憎しみあうとは・・・・ね。

132 :革命的名無しさん:2007/03/12(月) 23:18:56
どれほどもっともらしく論じても、戦闘的な労働者の首切りに目を瞑り、「戦略的撤退」「雇用を守った。」「組織が2倍に」などと言うのは、階級闘争に対する裏切りであり、決して革命的党派のやることでは有り得ない。
こうやって裏切って自己批判もロクにできない奴らは、またいつか階級闘争を裏切るだろう。
こんな党派は、絶対に信頼できない。
そのうち、大衆に乗り越えられていくのがオチだね。

133 :革命的名無しさん:2007/03/12(月) 23:26:12
断固として、乗り越えてください。

134 :革命的名無しさん:2007/03/13(火) 00:41:26
>>132
党と労働組合との区別もなく、圧倒的に不利な情勢で大量の組合員の生首を差し出すが
自称「前衛党」ならまず自分たちの首を切ってから、そういうことをして欲しい。
首になっても党が雇用確保してくれるならば、どんな過激な闘争でも労働者はやるよ。


135 :革命的名無しさん:2007/03/13(火) 00:52:13
法政も似たような感じだな。
あれほどOB会が好意で、懸念を表明していたのに玉砕戦術に突っ走って、
しまった。
見た目はかっこいいし、筋を通したかも知れない。
しかし学籍者ゼロになって一体どんな運動を作るというのか。
党がなんかの展望を持って指導したとはとうてい思えない。
敗北的局面で「ゼネスト決起」などど叫んでも、もう誰もついてくるわけない。

136 :革命的名無しさん:2007/03/13(火) 00:54:20
カクマルナクナ

137 :革命的名無しさん:2007/03/13(火) 01:27:10
>>136
窮するとバカの一つ覚え。とてもわかりやすい。w

138 :革命的名無しさん:2007/03/13(火) 01:30:45
>136
たぶん日本語それしか知らないと思う。

139 :革命的名無しさん:2007/03/13(火) 02:27:37
>>138
とすると>>136 は米CIAの謀略部隊か?

140 :革命的名無しさん:2007/03/13(火) 03:06:13
当然。すべてCIAの謀略。

141 :革命的名無しさん:2007/03/13(火) 03:50:25
「党組織こそが自己の遺産」との黒田さんの遺言を意識しながら、本棚から「革マル派の20年」を持ち
出してきて、当時のことをあれこれ思い出しながら読んでいる。
いまや会社の中間管理職というか、プロジェクトリーダーになり、今時の若い子達をどう使える(会社)
人間に育てていくのか、客先ではどうその会社における作業の合理化や競争力の強化が図れるかの
プレゼンに毎日ヘトヘトとなるまで、仕事漬けの毎日。
こうした職場環境の中で、革命的・戦闘的労働者が、柔軟な組織活動を通じて若き労働者に階級的自覚
を促す活動をコツコツとやっている姿を、克明に描き出した諸文章を読んでいると、コケても尚、この現代
社会において現実変革の力を持つのは、この党しかないと強く思う。
ここまでブルジョア社会に浸りきった自分が、再び彼らの隊列に舞い戻ることは不可能だろけれども、せ
めて邪魔だけはしたくないな、と思うこの頃。
願わくばわが子が腐敗せる父親を乗り越え、粉砕し革命的隊列の元で活躍することを願いながら、日常
生活の中で、アメリカのイラク侵略や、安倍の「美しい日本」なるものについて、社会・歴史の学習の中で
少しずつ話してはいるが。

142 :革命的名無しさん:2007/03/13(火) 03:59:29
>>141

キモい爺だなw

143 :革命的名無しさん:2007/03/13(火) 07:23:59
>>134
まっつぁんに「ハワイの別荘を売って、その金で食わせろ!」って、言ってみなw

144 :革命的名無しさん:2007/03/13(火) 20:47:23
ああ、今月いっぱいで退職だ。定年にはちと早いが早期退職の優遇制度に乗っかる
ことにした。退職後の楽しみは、家庭菜園とこのスレでW時代の思い出を語ること
だから、まあよろしく頼むよ。かつての同志諸君。

145 :革命的名無しさん:2007/03/14(水) 12:40:06
>123
言葉は難しいが、「ソ連崩壊以降、学生が右傾化して、対応不能でした」
ということを言っている以上じゃない。
むしろ、そうした中で、原則的ではなく小児病的な対応で、失敗したことが
問題。結果主義的に言っているのでなく、その時の判断が間違っていて、
その背景には、フラクション主義的な運動スタイル、近視眼的な視野など
克服すべき様々な本題があったのではないか。


146 :革命的名無しさん:2007/03/14(水) 12:49:18
>>145
君の言う「原則的な対応」を聞かせてくれ。
それと「フラクション主義的な運動スタイル」ってなに?
どこにもそんな用語ないんですけど。

147 :123:2007/03/14(水) 13:42:50
>>145
実際のところは判らないが、今日の階級情勢の中での学生における組織作りは当時の
ある大学における特殊な運動=組織路線を教訓として、これをモデルとして行っているの
ではないだろうか?と思う。具体的な事は書けないが、当時の人間であれば、「あっ〜、
そうかもね」と思い当たると思うが。

148 :革命的名無しさん:2007/03/14(水) 18:49:04
>146
揚げ足取るな。フラクションとしての学生運動に埋没してた
ということが言いたかったんだ。時間がなかったんだよ。
右傾化してるんなら尚更、当局との交渉手続きには「常識」を
発揮しろよ、つーことだよ。


149 :革命的名無しさん:2007/03/14(水) 21:10:22
>>148
「原則的な対応」が「当局との交渉手続きには『常識』を発揮」することだって?
一体何を言っているのかわからないな。


150 :革命的名無しさん:2007/03/15(木) 20:19:15
>149
揚げ足ばかり取らないで、君の積極的な意見を言えよ。
それとも、何も反論できないのか。

151 :革命的名無しさん:2007/03/15(木) 20:36:24
学館から文キャンパス方向へ隣が本屋で、その隣が雀荘、そしてその隣が帽子
売ってたような・・・
さらにその隣が喫茶店、時計屋、散髪屋と続いてたような・・・
いえね、学館屋上からウォッチしてると記憶にしっかり刻み込まれてしまって。


152 :革命的名無しさん:2007/03/15(木) 23:07:31
>>151
torigoya 学生弾圧の監視塔

153 :革命的名無しさん:2007/03/15(木) 23:10:14
>>151
で、「俺はあの頃、いったい何をやっていたんだろう?」って自問自答、と。

154 :革命的名無しさん:2007/03/15(木) 23:54:57
学館屋上から監視って、僕の頃はやってませんでしたよ。屋上の小屋は物置になってました。

155 :革命的名無しさん:2007/03/16(金) 00:12:10
>>148-150
どういった組織方針で、自治会への弾圧・非公認攻撃に対して闘っていたのか?
まずその内容を展開しない限り、結果解釈的な評論をいくらしたところで意味はない。

自治会の非公認攻撃、これは早稲田祭の非公認を前提としているでしょう?
今のZには早稲田祭の非公認化を撥ね返す力量が無いことを確認した上で、その後各
自治会の個別撃破攻撃を仕掛けてきている。
そのあたりでの当局の動向の分析、それに踏まえた組織戦術の解明、そのあたりどう
なっていたの?原則的な対応が出来なかったと、いっても当然上記の事は意識してい
たと思うが。
80年代だって、自治会を自治会足らしめるべく、野球大会やその他クラスの親睦を図
る活動をやっていた。
そうした活動も出来ないほど、組織が弱体化していた、あるいは硬直化していたということ?

156 :革命的名無しさん:2007/03/16(金) 16:25:49
>>145

>>123ではないが、問題の視角について一言。

揚げ足を取っているのではなく、「小児病的な対応」「フラクシ
ョン主義的な運動スタイル」(?)「近視眼的な視野」…、なん
かエラクムード的な言葉だなあと思ったのでね。
そして、「その時の判断が間違っていて」って何の判断?

85年春に普遍的に生み出された運動=組織づくりにおける<大衆
迎合主義>。「大衆の意識にふまえる」という名において自治会
主義的で没イデオロギーな方針提起に堕してしまっていたという
こと。

そしてそれを克服せんとする過程での、その裏返しともいえる原
則主義的方針提起や原則対置主義的な大衆オルグへの陥没。
そこにしめされている運動=組織づくりにおける<党派運動スタ
イル>と大衆からの浮き上がり。

この間の問題は簡単に素描するとこういうこと。

157 :革命的名無しさん:2007/03/16(金) 16:26:42
これは活動スタイルのゆがみということであって、対当局との関係
を自治組織の防衛という観点から、彼我の力関係のなかでどう作り
出していくのかとは「直接は」関係ない。

確かに自治(会)組織の大衆的基盤の度合いによって、当局の弾圧
の程度が規定されるということはあっても、もう少し当局と柔軟に
渡り合ってもよかったのではということは別問題だし、それこそ
それを結果的に言っても始まらない。

奥島体制が作られた時点で、当局は早大の自治組織の全てを破壊す
る意志を固めていた。
「結果解釈」ではなく、その時々の判断はどうであったか確かに問
われるが、切開すべき問題は対当局との関係に切り縮められたもの
ではなく、自治会組織づくりの活動がどうなっていたのかという全
般的なこと。

それは、いわゆる<3の活動>(自治会運動の場面で・自治会員と
しての資格においてなされる活動)の緻密化の反省だけではない。
その根底にはどのように運動と組織を作り出していったのか、それ
をめぐっての総括だからね。

ただそれはこういう場でなされるものではないことは言うまでもな
いでしょう。(笑)

158 :革命的名無しさん:2007/03/16(金) 20:15:57
1年生のクラス委員の時、懇親会世話役したとき、大学からコンパ費用
もらった。飲み代は全部それで賄った記憶あるが。あ〜いい時代だった
んだなあ。村井総長の頃です。

159 :革命的名無しさん:2007/03/16(金) 20:34:31
オレも同じ。確か松風というところでやった。担任のところへ行って
コンパ代もらった。後にも先にも担任に顔会わせたのはそれ1回。
ほとんどのクラス員が来て盛り上がったなあ。

160 :革命的名無しさん:2007/03/16(金) 21:43:26
クラスコンパで知り合った綺麗な人が、後に芥川賞を受賞するとは
想像だにしませんでした。

161 :革命的名無しさん:2007/03/16(金) 22:15:23
組織の言葉で語りだしたとたん、なまなましい経験やリアリティが
消失し、観念的操作によってこじんまりとした教訓だけが残されていくねぇ。
狭い、狭いよー! ほんとうに修道士の言葉だよ。

162 :革命的名無しさん:2007/03/16(金) 22:44:00
>>161
青かお前?

163 :革命的名無しさん:2007/03/17(土) 00:25:49
>>160
小川洋子とか多和田葉子しか思いつかん。李良枝は違ったよな。
まさか絲山とか言わないでね。
芥川賞ではないが、干刈あがたは憧れだった。

164 :革命的名無しさん:2007/03/17(土) 00:34:39
け!糞早稲田が生意気言うな!
芥川賞くらい、法政にだって一杯いるぞ!


165 :革命的名無しさん:2007/03/17(土) 13:41:23
総括はいつもリアリティがない。さんのかつどうでーす。
いつも、たいしゅうげいごうしゅぎでした、とうはうん
どうすたいるでした、の振子が揺れる。


166 :革命的名無しさん:2007/03/17(土) 16:05:31
>>165
まあそのような結果解釈主義的でレッテル張り的な総括では、リアリティがないわな。

167 :革命的名無しさん:2007/03/17(土) 16:32:41
こんなところでリアリティ?
アフォかとヴァカかと。w


168 :革命的名無しさん:2007/03/17(土) 18:05:34
そういえば、講師で授業に来ていた三田誠広が、あんまり革マル派の
悪口をいうもんだから、授業を聞いていた活動家が論争をふっかけた
ことがありました。活動家が授業を聴いていことも含めて、三田誠広
は大変驚いていたそうですよ。

169 :革命的名無しさん:2007/03/18(日) 01:17:31
活動家時代、性欲処理はどうしてた?

170 :JAC:2007/03/18(日) 09:48:54
肉体オルグ

171 :革命的名無しさん:2007/03/18(日) 12:25:24
全身オルグ

172 :革命的名無しさん:2007/03/18(日) 18:05:44
そういえば、神田ウニタの道路向かい側にビニ本専門店があったな。入ったこと
ないが。立ち食い蕎麦屋もあって、そこにはウニタの帰りに時々寄った。
ウニタにはあの襲撃事件があってからは行かないようにしてた。

173 :革命的名無しさん:2007/03/18(日) 18:48:20
>>172
9.26だな。集会帰りの隊列が、ウニタ横の小さな脇道に潜んでたやつらに
襲撃されたんだよな。権力の謀略とされてるが、さあどうなんかな。
Zが前の方にいて、労働者隊列が後方。その最後尾が狙われたと記憶してるが。

174 :革命的名無しさん:2007/03/18(日) 19:44:26
革マルが洗脳から覚めるとどうなるんだ

175 :革命的名無しさん:2007/03/18(日) 20:30:48
ウニタでは各党派の機関紙が置いてあり、結構立ち読みできてたんだが、
いつの頃からかレジの後ろに移されてしまい、「解放」くださいと言うと、
解放社ですか現代社ですかなんて聞かれて・・・
もっとも慣れた店員だと、「あれください」と指指せば、欲しいのを渡し
てくれたが。「戦旗」買おうと思うともっとややこしかった・・・

176 :革命的名無しさん:2007/03/19(月) 20:19:28
党派の機関紙ってなんであんなに高額なんだ。カンパも含めた金額なんだろうけど、
定期購読するにはあまりにも高すぎ!

177 :革命的名無しさん:2007/03/19(月) 20:21:50
あれでも赤字だよ

178 :革命的名無しさん:2007/03/19(月) 20:38:20
だからSENKIも廃刊するんだな。

179 :革命的名無しさん:2007/03/19(月) 20:41:32
早大新聞は一応有料になってたが、実際は無料配布=勝手に持ってけ
でした。自治会費で補填してたんかな?

180 :革命的名無しさん:2007/03/19(月) 23:48:19
>>179
広告費で、です。
大祭や大新の広告費取り、結構大変なんだよね。
僕も正真正銘の学生の意味で現役のとき、大新の広告取りに行かされたな。
とりわけ、新歓号や就職特集の時の大新における広告費取りは財政上重要だった。
僕自身は大新に所属していなかったが、学部的特殊性から駆り出された。
政経・商・理工の学生だと、「将来卒業した、らうちにおいでよ」的な意味で広告くれることが多い。
こちらもそれを含ませるような内容で、広告取りに行くと結構な率というか確実に取れたな。
あの時は、普段絶対持ち歩かない学生証をもって会社廻りしたものだった。
昼時に行くと、昼飯をゴチしてくれた時もあった。

181 :革命的名無しさん:2007/03/20(火) 03:13:18
早稲田は色々楽しそうだな。他の拠点校の活動家は…特に自治会のないところなんか…orz

182 :革命的名無しさん:2007/03/20(火) 09:03:34
>>180
>昼時に行くと、昼飯をゴチしてくれた時もあった。

へえ、そんなこともあったんだ。w

おそらく僕の場合は君の時代よりもかなり前だと思うが、同じような感じだった。
応接室みたいなところに通されて、「少々お待ち下さい」と言われ、
担当者が出てきたら、「ウチもいろいろオタク(早稲田)の学生さんに来てもらっ
ているから」と、全く何の話しもしないで会社の印刷用のロゴマーク渡されて即決
したっけ。

あっ、それは早稲田祭の広告ね。


183 :革命的名無しさん:2007/03/20(火) 19:08:10
明日は彼岸の中日。今は亡きZの同志に合掌。昔は彼岸なんて全く関係
ないことだと思ってたが、オレも歳とったということかな。

184 :革命的名無しさん:2007/03/20(火) 20:25:48
かつて学習会で「彼岸にあるものを此岸にたぐりよせるのが我々の運動云々」
てなこと言われた記憶があるが、それが具体的にどういうものであったのか、
さっぱり思い出せない。ただ記憶にあるのは「彼岸」という言葉が仏教用語と
ばかり思い込んでいたから、すごく印象的だったということ。

185 :革命的名無しさん:2007/03/20(火) 21:10:15
今日「こぶし書房」から新書の案内のメールが届いた。
今まで気づかなかったのか、それとも今回からなのか判らないが、クロネコのメール便で
送られてきた。
ふと、全逓で闘う労働者のことが頭をよぎった。・・・
「いいんだろうか、郵政で働く人の誇りを奪うような気が・・・」と。
確かにクロネコのメール便の方が安いのは確かだが。

186 :革命的名無しさん:2007/03/20(火) 21:34:10
↑元Zではない方ですね?たぶん。

187 :185:2007/03/20(火) 22:40:38
>>186
ええ、うちの大学にはZの方がいなかったので。
一介の「こぶし書房」ファンですが?何故?

188 :革命的名無しさん:2007/03/21(水) 11:54:10
>>187
一応、ここは早大スレなのだが・・

189 :革命的名無しさん:2007/03/21(水) 13:19:57
>>188
セクト主義w

190 :185:2007/03/21(水) 16:21:30
>>188
× うちの大学
○ うちのキャンパス

理工には運動家らしき人には誰もいなかったので。 

191 :革命的名無しさん:2007/03/21(水) 21:16:09
そういえばZって首都圏は理系の拠点がないよね。しいていえば、東大教養、津田塾の理系くらいか。

某医大に潜ってたのがいたが今どうなったんだろ?

192 :革命的名無しさん:2007/03/21(水) 21:23:07
東工大は不抜の拠点ですがなにか?

193 :('A`U:2007/03/21(水) 21:38:08
職場の東工大出の御仁は中核が居たっていってたけど、Zも居たんだ…

194 :革命的名無しさん:2007/03/21(水) 22:03:10
>>193
元々中の拠点だったが、横国同様70年決戦で中核が軒並み権力の餌食として、自らが飛び込む
過程でZの拠点に。
理工系学生ゼミナールって60年安保直後くらいからあったみたいだから、Zも少数派ながら居たと
思われ。

195 :'A`U ◆JrNMrpg1Nk :2007/03/21(水) 22:15:09
そら’80年の10.30襲撃以前の話だろ。
若くて40代後半だな、東工大のマル時代を知ってるのは。

196 :革命的名無しさん:2007/03/22(木) 02:05:22
東工大に実はZ潜っていたんだよ。でもオルグうまくいかなくて、結局潜ってた人も他大学に入り直して公然化したのさ。
誰とは言えないけど。

197 :革命的名無しさん:2007/03/22(木) 05:40:20
あまり大きな声では言えないが、チュンも一橋と学芸大にシンパがいて、
育てていこうとしていたが、結局シンパのまま卒業してしまった。
それがうまくいっていれば、ここまで法政にしがみつくこともなかったが…。

198 :革命的名無しさん:2007/03/22(木) 17:51:06
企業は大新がZだとわかっていても広告出してくれていた。
当局よりましなんじゃないか。
厳密には、当局の姿勢が村井の後一変した。それまではどう考えても蜜月だった。
総長選でのヘゲモニーが反Zに移ったのだろうよ。でもその意味をZはあまり理解していなかった。
その後はもうどうしようもなくなったのだろう。
今はぺんぺん草も生えないし、ぼんくら学生ばかりで社会でも使い物にならないのは教授も一緒。

199 :革命的名無しさん:2007/03/22(木) 17:52:11
東工大はZの武器製造工場だった。もう時効だろ。

200 :革命的名無しさん:2007/03/22(木) 18:48:15
>>198
全く不正確だな。

>当局の姿勢が村井の後一変した。

13代の小山総長のあと、奥島で変ったんだよ。

>でもその意味をZはあまり理解していなかった。

理解していなかったどころではない。
奥島立候補のときは、ブルマスも「これほど学生から猛烈な攻撃を
かけられた総長候補はいない」と報道していた。

201 :革命的名無しさん:2007/03/22(木) 20:30:56
村井は表面上は対決姿勢を示しつつも内実は無理はせず=まあ事を荒立てず
とりあえず自治会のやりたいようにさせて行こうや路線だった。
各学部長らもそれに同調。社自のS君がテロられて亡くなった時には、学部
事務所前の掲示板に学部長名で追悼文が掲載されたもんな。

202 :革命的名無しさん:2007/03/23(金) 13:48:58
>>197
そういえば一橋にZFが4人いたけど、Sパターンのまま浮上できずに移行しちゃったのかな?

203 :革命的名無しさん:2007/03/24(土) 07:20:32
当時自治会費は一人2000円・年だったか。
学部生、8000人として、年1600万円か。
初任給8万円の時代、公認自治会の意味はやっぱりあったか。
少なくとも、L1、L2、社学、商と合わせて6000万の金がZに渡っていた。
結構な額の収入源だなぁ。ちりも積もればなんとか、という奴。今風ではB2C。
自治会つぶしは、大学関係者が妬んだのが始まりだっのじゃないか。

204 :革命的名無しさん:2007/03/24(土) 07:39:33
下半身が上半身を規定する、というのは最近の共産党の書記局でもあったが、
下部構造が上部構造を規定する、定義に従えば
ブルジョア体質のZにしてみれば普通?だったが
プロレタリア民青?にしてみればきっと許しがたい金額だったろう。
それで法学部出身の隠れ共産党員の教授を学長にして
Zたたきを開始した。
今から思うとそう思うのだが、どうかな。
でも大学もそこまでおちるか?

205 :革命的名無しさん:2007/03/24(土) 08:31:25
>法学部出身の隠れ共産党員の教授を学長にして

(゚Д゚)ハァ? 奥島が????
しかも「学長」?あなた部外者?

206 :革命的名無しさん:2007/03/24(土) 17:39:26
>>203
いつの話? 70年代中頃で、社学が年400円、商が500円、法が1,000円だった。

207 :革命的名無しさん:2007/03/24(土) 19:31:59
[学館の思い出]
・学館入口(中か外か忘れたが)に早大新聞が置いてあり、料金箱も付けてあったが、
 金を入れる者を見たことなかった。
・学館地下食堂が生協食堂に比べて値段が高いのが不満だった。

208 :革命的名無しさん:2007/03/24(土) 20:13:30
M田、W辺(真)、W辺(勉)は何をしてるんだろうね?

209 :革命的名無しさん:2007/03/25(日) 01:47:54
>>208
全然分からんw

210 :革命的名無しさん:2007/03/25(日) 12:34:38
>206
スマン、203だが、適当に書いてしまった。あんたのほうが正しい。
大体自治会費がいくらかなんて意識したこともなかった。
すると俺の想定の4分の一、法学部が2分の一か。

211 :革命的名無しさん:2007/03/25(日) 12:38:57
>208
30年たっても、米国とベトナムのような平和協定を締結してヨシヨシ、とはならないのが
日本の党派運動。ただの怨恨。
民事も刑事も時効になったんだから、そろそろ姿を現せば良いのに。

212 :革命的名無しさん:2007/03/25(日) 12:48:17
そういえば学館の最上階の踊り場に陶芸研究会の窯があった。
24時間体制でいつも顔をあわせていたメンバーで
陶芸を焼いていた部員は卒業を期にどこぞの陶芸家に丁稚奉公にはいるから、
個展やるときには見に来てくれ、とそれっきりになってしまった。

213 ::2007/03/25(日) 12:52:43
俺のホームぺ字に来い。来ない奴は・・・ふふふ
http://petat.com/users/kaz009/index.html きてね
ランキングに投票もしろよ、絶対掲示板かどこかに足跡残せよ分かったか2chのオタども

214 :革命的名無しさん:2007/03/25(日) 14:53:56
>>212
実は僕も同じクラスの女の子がその陶芸研究会のメンバーでね。
11.8でわれわれが完全に四面楚歌になったとき、条件付きではあれ
擁護してくれたっけ。
部外者は絶対に入れない学館南側だけど、最上階の踊り場に部室があ
ったのでたまに顔を合わせていた。
ほのかな恋心も抱いていたけど、自分の命がいつ果てるかも知れない
状況のバリバリの活動家と真面目だとはいえ完全なノンポリの女の子…。
あり得ない関係とはわかっていたが…。
今でも名前を覚えている。今思い出しても懐かしくもほの悲しい思い出だ。。

215 :革命的名無しさん:2007/03/25(日) 17:14:58
白っぽい(クリーム色だったかな)のスカート姿がよく似合ってた人か?

216 :革命的名無しさん:2007/03/25(日) 18:10:21
>>215
それは現思研の彼女じゃないかい。すらっとした。

217 :革命的名無しさん:2007/03/25(日) 18:12:04

川口大三郎君虐殺事件 
http://www.marino.ne.jp/~rendaico/seito_gevalt_kawaguthiziken.htm

革マル派館
http://www.uranus.dti.ne.jp/~yuugeki/maru00.htm

カクマル  97年「早稲田祭」に行って来たぞ!
http://www.uranus.dti.ne.jp/~yuugeki/waseda.htm

革マル派講演会に行く
http://www.uranus.dti.ne.jp/~yuugeki/maru.htm

内ゲバでGO!
http://www.uranus.dti.ne.jp/~yuugeki/utigeba.htm

革マル派
http://mentai.2ch.net/kyousan/kako/961/961346735.html

革 マ ル 派 2
http://money.2ch.net/kyousan/kako/971/971060632.html


218 :革命的名無しさん:2007/03/25(日) 18:15:18
どうせ広範な学生の支持なんか得られないんだから。
これからは、せめて喫煙学生の強固な指示を得るようにしろ。
大体教育の反動化と禁煙拡大は比例して進んでいるから。
これからの一番の闘争課題は禁煙反対運動にしろ!!

219 :革命的名無しさん:2007/03/25(日) 18:18:05
>>218
日向派と反対ですな。

220 :革命的名無しさん:2007/03/25(日) 18:18:48
>>214で書いた人は完全なノンポリの女性でね。
でもクラス討論なんかではよく協力してくれたっけ。
長い黒髪の女性だった。。



221 :'A`U ◆JrNMrpg1Nk :2007/03/25(日) 18:19:38
>>218 余計世間から浮くがな。

222 :革命的名無しさん:2007/03/25(日) 20:56:27
>>220
あの頃は言いたくても言い出せない、純情で・・・
「いちご白書」とか「遠い世界に〜虹を掛けよう♪」、「汽車を待つ君は時計を
気にしてる〜♪」なんて歌ってる時代だったなあ。
まあ、「立て飢えたる者よ 今ぞ日は近し〜♪」も歌ったけど・・・

223 :革命的名無しさん:2007/03/25(日) 21:25:49
正義にもゆる戦いに 雄々しき君はたおれぬ
 血にけがれたる敵の手に 君は戦い倒れぬ
  プロレタリアの旗のため プロレタリアの旗のため
   踏みにじられし民衆に 命を君は捧げぬ

 Zの大会で歌ったぞ・・・


224 :革命的名無しさん:2007/03/25(日) 22:12:41
>223
よくそんな歌詞、正確に覚えているよな。
この歌は仲間が殺されたときに必ず歌った。

しかし、世の中もっと複雑になった。敵と戦う民衆の敵プロレタリアの前衛?
ぐちゃぐちゃ。シンプルだった時代がうらやましい。

しかし今でも「世界学連のうた」はいい歌だと思う。
全中自でも歌った記憶があるが。

225 :革命的名無しさん:2007/03/25(日) 22:29:37
>>224
「世界学連のうた」ではなく「国際学連のうた」では?


226 :革命的名無しさん:2007/03/25(日) 22:30:31
>>224

>「世界学連のうた」
国際学連の歌な。

http://www.youtube.com/watch?v=SCdlGH6RhBw

>全中自でも歌った記憶があるが。

確か70年代の末あたりだったか、「原理」かなんかの課題で民青と
共闘集会をしたことがある。後にも先にも彼らとの共闘集会はこれ1回
限りだったが。
その集会の最後にみんなで歌ったのがこの歌。確かに双方が歌うには最
適の歌だったな。自分も含めみんな真剣に歌っていた。
やや民チックな歌詞なので、われわれはほとんど歌ったことはなかったが、
今でもいい歌と思う。時々つい口ずさむことがある。


227 :革命的名無しさん:2007/03/25(日) 22:34:50
>>223
4・15の後の人民葬で歌った覚えが。
新入生で4・15で虐殺された「同志」達に馴染みはなかったけど、止めでもなく涙が溢れた覚えがある。
R派としての党派的確信はまだ無かったが、反青・反ウジ虫の確信だけはあの時もった。

228 :革命的名無しさん:2007/03/25(日) 22:42:51
>>228
職場の事情でどうしてもCPになる必要があり、CPに。
それで新宿にある歌声喫茶「ともしび」によく行った。そこで、その歌を歌ったよ。

個人的には映画「REDS」でも使われていた「The Red Army Is The Strongest」が一番好きな曲だな。

yourTube探したけどなかった。

229 :革命的名無しさん:2007/03/25(日) 22:44:03
>>228
>>226に対するレス間違い。

230 :革命的名無しさん:2007/03/25(日) 22:55:02
>>226
聞いてみたが、当時の歌詞と微妙な違いが。

 団結かたく
 
 我が行くてをもまもれ

のところは

(起てよ)

 団結かたく
 
 我が行くてをもまもれ

(まもれ)

 我が行くてをもまもれ

と、「我が行くてをもまもれ」をリフレインして歌った覚えが。


231 :革命的名無しさん:2007/03/25(日) 23:16:31
>>230
その通りだな。
そのほうがよっぽどいいのに、なぜあんな風になっているのか…。

232 :革命的名無しさん:2007/03/25(日) 23:43:45
なんかこのYouTubeのやつ、アレンジが軍歌っぽくっていかんな。
渚の「日本の夜と霧」で合唱になって出てくる学連の歌が、テーマもテーマだし
俺にはぐっとくるな。DVDはあるんだろか?
関係ないけど「東京セン争戦後秘話」は持ってるぜ!

233 :革命的名無しさん:2007/03/25(日) 23:52:32
>>232
http://www.amazon.co.jp/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E3%81%AE%E5%A4%9C%E3%81%A8%E9%9C%A7-%E4%BD%90%E8%97%A4%E5%8B%87/dp/B000F6YUAA

レビューに
「ラスト、永遠に続く党派の中山の演説に、観客のひとりが、『健さん、こいつを叩き切ってくれ!
』と合いの手を入れ、場内大喝采したエピソード」とあって、ワラタ。

実際に見たのは活動から離れてから。そんな時間などなかったからな。

234 :革命的名無しさん:2007/03/25(日) 23:55:52
>>232
http://www.amazon.co.jp/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E3%81%AE%E5%A4%9C%E3%81%A8%E9%9C%A7-%E4%BD%90%E8%97%A4%E5%8B%87/dp/B000F6YUAA/ref=sr_1_2/250-1217830-0325867?ie=UTF8&s=dvd&qid=1174834488&sr=8-2

235 :革命的名無しさん:2007/03/26(月) 00:01:00
>>229

露西亞舘

http://www.medianetjapan.com/10/travel/vladimir/russian_house/

に行けば、お宝露西亜ミュージックがMP3でダウンロード出来るよ。

「The Red Army Is The Strongest」は邦題で「赤軍に勝る者なし」。
この歌を会社の接待でロシア女性のいる店で歌ったら、一人を除いて皆に
引かれた。
唯一、引かなかった女性は最年長で、ソ連時代の方がよかったという女性。
その女性と日本語・英語ミックスして、レーニン・スターリン・トロツキーの話
をした。
旧ソ連時代が良かったという人の中では、やはりスターリンは人気あるのね。

236 :革命的名無しさん:2007/03/26(月) 00:15:35
>>235
>The Red Army Is The Strongest
多分ずいぶん昔から代々木でも歌われないだろうな。
日本語歌詞もいろいろあったようだ。
4トロがトロツキー讃歌として愛唱していたというけど。

237 :革命的名無しさん:2007/03/26(月) 00:26:05
>>235
おお、「The Red Army Is The Strongest」があった。
ただそこに書いてある訳詞は当時唄ったのとは違うな。

「鐘が鳴ればわれさきに 我らはつき進む
シベリアの山 バルチック海 我らはつき進む

鉄のように固きちから 鉄砲(つつ)をとれば 勝利
我らは 平和のために 団結する」

だったぞ。

一番厳しかった時期に、R派の政治集会で労働者の合唱団が組織されて
この歌が歌われた。。



238 :革命的名無しさん:2007/03/26(月) 00:31:24
>>237
その政治集会に参加した。
彼ら・彼女らは何処で集まって練習しているのだろうか?と、ふと思った。

239 :革命的名無しさん:2007/03/26(月) 00:34:15
>>237
今一、メロディと歌詞の親和性が・・・
凄く歌いずらい。
やはりロシア語オリジナルがいいな。

240 :革命的名無しさん:2007/03/26(月) 00:35:51
>>237
邦題は「鐘が鳴れば」ですね。

241 :革命的名無しさん:2007/03/26(月) 00:43:48
それから、いくらネットで検索しても見つからなかった「モスクワ郊外の夕べ」
もあった。ありがたい。

ロシア革命50周年を記念して、学研かなんかの雑誌に付録としてついてきた
ソノシート(今の若い人にはもう理解できないと思うが)に納められていて、
いい歌だと思った。
そのソノシートの司会を石坂浩二が務めていて…、今では考えられないな。

あと、こんなことを書いていいのかどうか…。
ある政治組織局員から直接聞いた話し。
ずっと前の世界青年学生平和友好祭の最後にこの歌が歌われ、とても感動的だったという。


242 :革命的名無しさん:2007/03/26(月) 00:47:24
>>227
>ウジ虫

もういい加減、そういう言い方止めなって。

243 :革命的名無しさん:2007/03/26(月) 01:02:07
>>241

露西亞舘

http://www.medianetjapan.com/10/travel/vladimir/russian_house/

にある「鶴」という曲もいい曲です。
日本ではダークダックスがカバーしています。

1 オオー……
空を飛ぶ鶴の群の中に あなたはきっといる
きっと このわたしを 待っている
 ■激しいたたかいの日も 空に群れて飛ぶ
 ■美しい鶴の群れ あなたはそこにいる
2 オオー……
いくさにいのち捨てても 死んではいない
あなたはきっといる きっと生きている
このわたしを待っている
 ■激しいたたかいの日も 空に群れて飛ぶ
 ■美しい鶴の群れ あなたはそこにいる
オオー……


244 :243:2007/03/26(月) 01:04:35
「鶴」の解説の続き

 ソ連の小国ダゲスタン自治共和国の詩人P・ガムザートフが広島の原水爆禁止世界
大会に参加した感動をうたった詩にY・フレンケリが曲を付けた大衆歌曲(日本で言えば
歌謡曲、流行歌か)として作られた。広島の千羽鶴を見て詠ったともいう。

戦場で傷つき逝った兵士達は異国の地に眠りながら、白い鶴となって訪れる。切ない声
で深い悲しみを秘めて、人の世を忍び嘆き悲しみの歌をうたいつつ。
夕暮れの空のあの列の空いたところ それは私の為か。私もやがてあの中に……。



245 :革命的名無しさん:2007/03/26(月) 01:15:02
少々板違いの脱線気味だが

http://www.youtube.com/results?search_query=Russian+Red+Army+Choir&search=Search

でRed Russian Army Choir(赤軍合唱団)がヨツベで見れる。

246 :革命的名無しさん:2007/03/26(月) 01:51:02
>>238
そういう暇があるのはトウフの労働者たちでしょ

247 :革命的名無しさん:2007/03/26(月) 01:54:58
>>246
男女の混声合唱で、結構な人数いたよ。
トウフだけではあんなに人数いないでしょう?
それに「暇」なんて「トウフ」労働者に豪い侮辱だ。
紙の弾丸、誰が作っているとでも。

248 :革命的名無しさん:2007/03/26(月) 02:44:52
いや、すいません。「暇」というのは、まとまって練習する暇のことですから。彼らなら住居と仕事場が一体なので組織だって練習する時間を作れるじゃないですか?という意味です。

249 :革命的名無しさん:2007/03/26(月) 03:14:39
>>248
言いたい事は判りますが。
逆に「住居と仕事場が一体なので」、健全なストレス発散の手段とも言える位の話しの方がよかったのでは。

250 :革命的名無しさん:2007/03/26(月) 06:34:41
壇上に登った「混声合唱団」のなかに、知り合いの労働者がいた。
フツーの民間の労働者だよ。トウフじゃない。


251 :革命的名無しさん:2007/03/26(月) 08:24:59
戦わないカクマルは暇なのがよく分かりました。

252 :革命的名無しさん:2007/03/26(月) 09:31:08
あの時、なぜあのようなCPチックな「歌声運動」をしたのかよくわからなかった。
ホンの1回だけだったような気がするが。なんか、R派らしくないなと…。
でも、今から考えるとよくわかる。。。。


253 :革命的名無しさん:2007/03/26(月) 10:54:43
イカ墨スパゲティ食えよ、おまいら!

254 :革命的名無しさん:2007/03/26(月) 11:10:54
早稲田祭が終わった翌朝、久しぶりに文学部のスロープに座ってボ-っとしていたとき、
顔見知りの連中に声をかけられた。
「とんでもない事件を起こしちゃったじゃないか」
「うん?」
当時テレビも新聞を読まない生活だった自分には何のことかわからなかった。
そのうち、上の方から降りてきたS女子が
「こんなとこにいちゃダメじゃない、すぐに東Cに行きなさい」
なんだかわからずに、いわれた東Cの大教室に集合すると、
Z委員長のBの口から
「我々同志が文学部の学生川口大三郎君を死に至らしめた」と知らされた。
「あの川口か」「なんで?」「またよりによってなんで川口なんだよ」
とつぶやきながら自分にふりかかった事件の大きさを知る由もなく
、ただその報告に聞き入っていた。

この事件以来、早稲田の全中自活動は灰燼に帰した、といっても過言ではない。
それは全中自のみならず、70年代学生運動を崩壊させてゆく序曲でもあった。

文学部という離れ小島で引き起こされた事件とはいえ、
その巻き添えにされてしまった本学の全中自の仲間には公にされた情報しか伝わることもなく、
身に覚えのない事件であのような混乱の坩堝の辛苦を味あわせてしまったことを、
いまでもすまないと思っている。

255 :革命的名無しさん:2007/03/26(月) 11:17:18
ま、当時の早稲田じゃ、カクマルという言葉も中核という言葉も耳にすることもなかった。
まして中核なんぞみたこともなかったから、広島弁の中核メンバーがキャンパスにに登場したときは
新鮮だった。
他の大学には悪いが、早稲田にや、Zと民青の色しかなく、70年に入ったら、青も白も絶滅危惧種だったんだよ。
否定したい連中もいるのだろうが、こそ泥程度のビラまきぐらいしかやってなかったんだから
我々全中自の活動家には話題にもならなかった。

256 :革命的名無しさん:2007/03/26(月) 11:28:25
当局お墨付きの自治会(学館)だったから、入試の際には受験生の付き添いの親達への
お茶当番をさせられていた。そのとき終日学館のテレビに映し出されていたのが
連合赤軍の浅間山荘攻防戦だった。受験生の父母と一緒に、「あーあ」という思いで
一日中あの無益な攻防戦を眺めていた記憶がある。

257 :革命的名無しさん:2007/03/26(月) 11:28:52
川口君は完全に濡れ衣であり、革マルの行いは決して許されるものではないが、
川口君の死を政治的引き回しに利用した他党派や原理研の所業も死者に対する冒涜だ。

258 :革命的名無しさん:2007/03/26(月) 12:19:07
唯一、言い訳するなら、あれは自治会(革マル)の意図した組織的殺人ではなかったこと。
あくまで日共や中核も経験した巷のリンチ殺人と同じ、傷害性ショック死であったろう。
その後辞任したT氏にしてもB氏にしても降って湧いた火山爆発のようなものだったろうと思う。
だから「未熟性」としかいいようがなかった。
それ以前に革命を志すものの人間性が問われていた、と思う。


259 :革命的名無しさん:2007/03/26(月) 13:23:20
「俺はなんでこんな責めを受けるのだろう」
全身を殴打され遠のいていく意識の中で川口は
「思い当たることといえば、
夏休みに三里塚の中核拠点に行って行動をともにしたことしかない。
それにしても何故俺だけなんだ」

川口のクラスは中国語選択のクラスで元々、反米、反スタではないが、
高校時代に学生運動の影響を色濃く受けた反骨精神の塊みたいなメンバーが沢山いた。
高連、高協は無論、SY、ML、フロントそれに民青が混在していた。
その中で彼はむしろ無色に近い存在だったと思う。
だからZや全中自のデモにも参加したことがあった。
学費値上げ反対闘争の時には、元MLの親友とともに
火炎瓶の隊列のなかにいたと思う。

260 :革命的名無しさん:2007/03/26(月) 14:20:33
そんな川口の行動を知っていたクラスメートの一部はそれゆえに「なんでなんだよ」
という思いが強かったのだろうと思う。映研のメンバー達は少なくともそう思ったはずだ。
それが形を変えてWACの運動に飲み込まれたり
一部の右翼っぽい奴の扇動に乗って反革マル運動や勝共キヤンペーンに流されていってしまった。

全中自時代のZシンパはサイレンとマジョリティとなり、反Z一色に染まった早稲田に千載一遇のチャンスとばかりに
他党派の介入が始まった。一般学生の大衆を隠れ蓑にした、党派によるキャンパスゲバが始まってしまったのである。
それに対抗するにはZも党派色を前面に出してゆかざるをえなかった。
これが悪循環の破滅への唯一の選択であったのが口惜しい限りである。

元々党派に敏感だった川口のクラスの仲間達は、そうした党派色の強まる中で、革マルによる個人テロルにおびえながら
早々とWAC運動からは退き、その後硬く口を閉ざしてしまった。

いつの間にか川口は勝共の活動家にされたり民青のシンパにされたり挙句の果ては大学総長ぐるみでし勝共のかもにされたり、
このままじゃ川口も死んでもしに切れんだろう、と思う。

261 :革命的名無しさん:2007/03/26(月) 14:50:03
早々と全共闘運動から足を洗って、ブル転し、卒業のお墨付きをもらって
スーツに着替え社会に紛れ込んだ60年代の団塊の世代と違って、我々70年代の全中自時代の活動家は
あえて政治闘争を目指したがために、その過酷な荒波に抗せず、卒業もせずドロップアウトし、あまりいい処遇を受けてはいないだろう。
意半ばにして凶刃に倒れしもの、前科ゆえに社会復帰のできないまま、組織に今なお埋没しているもの、専従となって
労働戦線の一翼をになっているものはまだましな身分ではなかろうか。
少なくとも「さぁ飛べここがロードス島だ」と叫んだ世代として、今もロゴスをパトスに変え、腐りきった団塊意識をぶちのめしたい気持ちで一杯である。

262 :革命的名無しさん:2007/03/26(月) 15:03:19
そんなわけで

Googleマップで芝公園23号地を拡大してみ。労学統一行動やってるよ。

263 :革命的名無しさん:2007/03/26(月) 18:12:09
>>254
現場の活動家にとって、東Cの大教室での提起、そしてそれに続く…
は衝撃の連続だった。

ただねえ、当然といえば当然なんだけど、MS、いやそれ以上の同盟レベルの
メンバーにとっても大変なショックでねえ。。
すっかりしょげかえっていた学生の指導的メンバーが急遽集められ、その場
で黒田さんは力を振り絞ってこうアジテーションした。


264 :革命的名無しさん:2007/03/26(月) 18:14:07
「引き起こしてしまった過誤はやはり過誤だ。党派党争の論理と倫理を
体得していながらも、それにもかかわらず犯してしまった誤りである
ことを肝に銘じよ。諸君は”血をかぶったマルクス主義者”なのだ。
しかしへこたれるな!たとえそうであったとしても、マルクス主義者
たらんとしているのが君たちだ!」

最近知ったけど、この会議のテープが残っているらしい。。

265 :革命的名無しさん:2007/03/26(月) 20:07:46
>>262
何時のよ、空くネエな。w


266 :革命的名無しさん:2007/03/26(月) 20:43:48
>264
今にしていえばこの「党派闘争の論理と倫理」自体が曲者だった。
そのために両党派を含めて一体何人が犠牲になり幾千人が傷ついたというのだろうか。
未熟者の犯した罪といっても、その未熟さを熟成していたのは己が組織そのものではなかったのか
あのソ連邦崩壊の過程で次々と明らかになった各国共産党のおぞましい姿は、たとえスターリニストとはいえ
己が組織が救国した共産党イデオローギの終末形態としての組織そのものだったではなかったのだろうか。
川口事件を引き起こした加害者の人間性そのものが問われないまま、革命的前衛の倫理の確立にはついぞ至らなかった。
そして形を変え品を変え組織そのものの陥りやすい人間的な誤謬については、今も政治組織の普遍的な課題として
世界の政治組織のすべてに立ちはだかっているのではなかろうか。現に今もロシアでは暗殺が繰り返されている。
スターリンがいけなかったのはなく、毛沢東がいけなかったのでもなく、KKが間違ったのでもなく、組織ある限り人間的な腐敗と
未熟さから永遠に開放されることはなかったのであろう。


267 :革命的名無しさん:2007/03/26(月) 21:11:45
>>266
>その未熟さを熟成していたのは己が組織そのものではなかったのか

その通りに総括していますが何か?

まあ、君のような組織ニヒリズムに陥っている人に、あるべき組織とは何か
という論議はかみ合いようがないし、そもそもブルジョワ(会社)組織であ
っても、「組織ある限り人間的な腐敗と未熟さから永遠に開放されることは
な」いぞ。

268 :革命的名無しさん:2007/03/26(月) 21:50:50
>>262
http://maps.google.com/maps?ll=35.660267,139.74721&spn=0.001722,0.003286&t=h

269 :革命的名無しさん:2007/03/27(火) 00:01:31
>267
だから、ブル組織では当たり前のことが、
プロ(というのか?)組織でも起こりえる限りその組織の完璧性を追求し実現しない限り
夢の共産主義なんて無理なんだったってこと。
嘗ての劉少奇論文で「共産党員の倫理と道徳」というのを全学の学習資料にしてみたが、所詮あの事件以降に
ワセダに残った指導部の非道徳感やら、根も葉もないうわさをネタに仲間を追放した罪状なんて、とても政治局の連中には
直訴する気にもならなかった。

270 :革命的名無しさん:2007/03/27(火) 00:21:21
>今にしていえばこの「党派闘争の論理と倫理」自体が曲者だった。
革マルが理論的に体系化した党派性の論理。これこそ日共から新左翼まですべ
ての左翼党派がわかちもっていた組織病理の革マル的表現じゃないでしょうか。
>だから、ブル組織では当たり前のことが、
プロ(というのか?)組織でも起こりえる限りその組織の完璧性を追求し実現しない限り
夢の共産主義なんて無理なんだったってこと。
 最高の人倫の実現とその維持が新しい政治の基礎という思考こそ、その人倫の
体現者として登場する似非「前衛」の暴虐をうみだすんじゃないかな。

 >>267 のような

271 :革命的名無しさん:2007/03/27(火) 00:26:47
>267
ちょっと釣られて出てきたのかもしれないが、断っておくが今の君たちを責める気など毛頭ない、
ことだけは言っておきたい。ここで述べたことは我々が犯した罪への懺悔のひとつである。
その後の世代に残した後遺症も含めて、皆我々の世代の一部が犯した大罪だったのだとおもっている。
だからきみ達の、現代なりの主義主張には耳をかそうとも思う。
しかしもはや何の接点もない部外者にはなにを言われても聞こえてくることはない。
寂しい限りである。

272 :革命的名無しさん:2007/03/27(火) 16:23:10
社会科学部自治会裁判、大学側全面勝訴

 学生の皆さんへ  

             社会科学部自治会裁判、大学側全面勝訴


 社学自治会(早稲田大学社会科学部自治会)は、2005年3月2日に大学が公認廃止と一切の
便宜供与廃止を決定したことが無効であることなどの確認を求めて訴えを提起し、これに対し、大
学は社学自治会に対して、自治会室の明渡しや大学による掲示板の使用を妨害することの禁止を求
めて反訴を提起していましたが、本日、東京地方裁判所において、大学側全面勝訴の判決が言い渡
されました。

 判決文では、社学自治会の現実の運営が「規約とはかけ離れた方法で行われていた」こと、「学
部学生の意見を広く反映できるような民主的運営とはほど遠い状況にあり、学生が規約に代替する
民主的運営方法として支持、承認するような客観的条件を備えたものであったとは認めがたい」こ
とが認定されました。


273 :革命的名無しさん:2007/03/27(火) 16:23:43
 主文は次のとおりです。

 主 文

 1 原告の本学に対する本訴請求のうち、原告の公認を廃止するとの決定及び原告に対する一切
   の便宜供与を廃止するとの決定の各無効確認にかかる訴えを却下する。

 2 原告の本学に対するその余の本訴請求をいずれも棄却する。

 3 原告の本学社会科学総合学術院に対する訴えをいずれも却下する。

 4 原告は、本学に対し、別紙物件目録1記載の建物(社学自治会室)を明渡せ。

 5 原告は、本学による別紙物件目録2記載の各掲示板(社学自治会掲示板)の使用を妨害
   してはならない。

 6 訴訟費用は、本訴反訴を通じ、原告の負担とする。

社学自治会の請求は全て理由がないとして排斥され、大学の主張が正当であると認められて、社
学自治会室の明渡しや、社学自治会掲示板を大学が使用することを妨害してはならないことが認め
られました。

                                        以  上
 2007年3月26日
                                    早 稲 田 大 学


274 :革命的名無しさん:2007/03/27(火) 17:06:44
青解の明治、中核の法政に続き革マルの早稲田がTHE・ENDとなりましたとさ。めでたしめでたし。

275 :革命的名無しさん:2007/03/27(火) 17:55:05
悪いけど学籍者ゼロの大学と一緒にはして欲しくないな。

276 :革命的名無しさん:2007/03/27(火) 17:58:27
マル涙目乙!

277 :革命的名無しさん:2007/03/27(火) 18:04:02
酷い時代になったもんだ。
首都圏の公認自治会は國學院、津田塾だけになってしまったな…

更にGoogleマップの集会参加者数を見るにつけ、落胆せざるをえないな…orz

278 :革命的名無しさん:2007/03/27(火) 18:16:42
272-273
告訴して負けてりゃ世話ない。
どんな総括するのかな?謀略とかなんとか言うと爆笑

279 :革命的名無しさん:2007/03/27(火) 18:46:19
ところでW民青の法学部の自治会はまだ公認なのかい、教えてくれ。

280 :革命的名無しさん:2007/03/27(火) 18:48:28
当局(かなり上)にいる俺の同級生は、革マルみたいなのが少なくなると早稲田らしくなくなる
とこぼしているのだが。
別な勢力の方が強いんだろうな。

281 :革命的名無しさん:2007/03/27(火) 19:40:41
>>279
>W民青の法学部の自治会

あなたもここ何十年も冬眠されていたようですね。
今は当局派学生による生徒会的運営になっています。
大学公認ですが、自治会費の代行徴収はやめています。


282 :革命的名無しさん:2007/03/27(火) 19:55:14
サンクス。
民青は一応当局派ではないのか。
それとも今じゃ民青もWじゃたいしたことないのか。
生徒会的運営って言ったって、俺達の高校生徒会は過激だったけどな。
生徒会室もOBの力で篭城できるように一戸建ての鉄筋にしてある。

283 :革命的名無しさん:2007/03/27(火) 20:06:22
>>277
あの〜
津田塾もとっくに、ほ と ん ど 実態ありませんが。

284 :革命的名無しさん:2007/03/27(火) 20:24:45
>281
うん、双方の追っ手の手から逃れるために30年も冬眠してしまった。

285 :革命的名無しさん:2007/03/27(火) 20:27:25
今、1地下はどうなってんだ? 大昔、日向戦旗がいたが・・・

286 :革命的名無しさん:2007/03/27(火) 20:29:01
早稲田大学一号館地下管理運営委員会
http://www.geocities.co.jp/CollegeLife-Club/9559/

287 :革命的名無しさん:2007/03/27(火) 22:26:13
川口氏が革マルのデモに参加したことがあるという証言は衝撃的だ

288 :革命的名無しさん:2007/03/27(火) 23:04:36
>>282
今は民青もほとんどいないのでないの。71年頃のやつ等は強かったよ。

289 :革命的名無しさん:2007/03/27(火) 23:16:57
三里塚で中核のデモに参加したのも事実だ。
勿論革マルでもないし中核でもなかった。
ただマージャンに明け暮れるようなノンポリ(これを一般学生という)
ともあきらかに異なる正義感の強い男だった。それゆえ、文学部のZの集会にも
遠からず近からずの距離をいつも保っていたと思う。
集会が終わるといつもZと雑談交じりの議論をしていた。
彼を三里塚に誘ったであろうクラスの隠れ中革は大衆の陰に隠れて
見事に無事に卒業した。

290 :革命的名無しさん:2007/03/27(火) 23:21:20
>288
毎日、毎朝ゲバ棒もって大隈銅像前でゲバ合戦。
そのうち、なんと青ヘルかぶって登場したから、みんなぶったまげた。
おい、ワセダに青ヘルだってよ?
そのせいか、当時の民青の指導者は「新日和見主義」の烙印を押されて
粛清されてしまったよ。俺達に付き合ったばかりに。

291 :革命的名無しさん:2007/03/27(火) 23:44:54
海老原事件がなければ革マルも変なヒステリー起こさないで
殺しに至ることもなかっただろうが、時期が悪すぎたとしか
いいようがないイヤな事件だな。

292 :革命的名無しさん:2007/03/27(火) 23:48:51

川口大三郎君虐殺事件 
http://www.marino.ne.jp/~rendaico/seito_gevalt_kawaguthiziken.htm
 

293 :革命的名無しさん:2007/03/27(火) 23:57:31
同志川口氏に黙祷(-人-)


294 :革命的名無しさん:2007/03/28(水) 00:23:56
「歴史の大罪」とかのナルシスティックな自己了解じゃなく、自分達の愚かさ
を俯瞰して見れるようになってそうで少し救われるような気がする。
しかし、ここでの情報だけから察するに、文字通り「中核のスパイ」への敵対的な
虐殺というより、ある意味「仲間」に対する疑心暗鬼、対立するものへの恐怖心と
攻撃性が象徴的に生贄を生んだみたいな話だな。連合赤軍やミヤケンの殺しと
変わらん。

295 :革命的名無しさん:2007/03/28(水) 00:37:09


★★★★ 長時間労働肯定論 ★★★★



http://society6.2ch.net/test/read.cgi/soc/1173486940/l50





296 :革命的名無しさん:2007/03/28(水) 07:17:10
こうした事実は、事件以降全員が姿を消した文学部のZの証言が何一つ語られないまま
クラスの中の反Z分子の都合のいい側面だけが報じられた、といっても当時身内の朝日新聞の記者に
悪意を持って意図的に情報を流したものや警察の事情聴取に積極的に協力した者達が、皆反Zもしくは右翼的な連中が中心であり
少なくとも反権力的な志向を持っていた仲間達は一切その協力を拒否し続けていた。だから余計に一面的なZの悪行ばかりがあげ釣られていたのである。
川口のクラスのメンバーの多くが学費値上げ闘争に決起する必要がある、としてZ(全中自)と行動をともにしてしまったものの、あとになって「Zに加担したことになるのではないか」
という反Zのメンバーの反論に窮し、その後一定の距離を置くようになっていったのも、彼らの本庄合宿の議事録にその一部としてその後公開されている。

結果、こうした事実は明らかにされないまま、事件以降姿を消した文学部ZとそしてクラスのZ容認派は事件以降、言葉を失い、文学部Zとのかかわりは封印されてしまった。
そしてあからさまに利用されていったのである。

297 :革命的名無しさん:2007/03/28(水) 11:18:25
>>296

何十年経っても、相変わらずの革マルベッタリ史観ですね。
いい歳こいて、何をやっているんだか。(呆

298 :革命的名無しさん:2007/03/28(水) 12:07:18
>>289
>三里塚で中核のデモに参加したのも事実だ。
>勿論革マルでもないし中核でもなかった。

公判の過程で彼が出入りしていた、新宿区の中核派のアジトの存在など
次から次と関係が明らかになっていったが、「一般学生=川口」という
イメージが完全にできあがっていたので、ブル新ではゴミ記事扱い。
ましてやそれが話題になることもなかった。

299 :革命的名無しさん:2007/03/28(水) 12:14:53
だから殺したのは当然の判断だったとでも言いたいのか?革マルの爺さんよ。

300 :革命的名無しさん:2007/03/28(水) 15:55:50
教えてくれ。早稲田で革マル派やってたやつで、その後社会に役立つことをしたやつはいるのか?


301 :革命的名無しさん:2007/03/28(水) 15:57:35
革マル派自体が社会の役に立っていますがなにか?

302 :革命的名無しさん:2007/03/28(水) 16:31:23
30年も冬眠しちゃったからなぁ、爺さんといわれても反論しようがない。
で、なにかい、革マルのデモに参加したら革マルで中核の集会に参加したら
中核なんかよ。中核にもぐりこんでZを叩いたZの奴は中核なの革マルなの?
元ZでSYとして指名されている奴もいるぞ。
繰り返すが、当時の早稲田にゃ、革マルも中核もその呼称すらなかった。ただZがあっただけ。
それを執拗に革マルだなんだといっていたのは民青とあぶれ他党派だけだったろうよ。

303 :革命的名無しさん:2007/03/28(水) 16:38:03
>298
そーだな、マスコミ(特に朝日は)は意図的にその事実を隠したんだろうよ。
自分達の記事が大方でっち上げだったことを証明するもんだったから。
その後誰が考えたかマスコミ総ぐるみで「過激派」なんて言葉を使った
反学生運動キャンペーンを繰り広げた。
「過激派」なんて言葉を使うこと自体似非ジャーナリストの証だろ。
しかし、早稲田卒の馬鹿キャスターばかりだから、しようもない話だ。

304 :革命的名無しさん:2007/03/28(水) 16:52:50
分かったから、もうやめろ。
ただ、
川口さんのことや、その後のこと、どう総括するか、
ZFの時に、ここにあるような素直な話を聞きたかった。
その後の世代の私の時は、当時の論文を読んで解釈するだけだった。
質問しても、逆質問されるし、変なこと言うと吊し上げられそうな
雰囲気だった。

305 :革命的名無しさん:2007/03/28(水) 17:26:55
>変なこと言うと吊し上げられそうな雰囲気だった。

だからなあ、この「吊し上げ」という感覚。
いやそういう感覚を持つこと自体をいまさらどうのこうの言うつもりもないよ。
ただね、上部の機関にいけばいくほどさらに論議は熾烈だったんだよ。

306 :革命的名無しさん:2007/03/28(水) 17:54:57
感覚の話じゃない。
11.8の総括を再度議論したことがあったでしょ?
事実関係もはっきり聞かされず、考えろったって無理よ。
ただ、今更だけど、大体分かったからいいよ。

307 :革命的名無しさん:2007/03/28(水) 18:58:49
上部で熾烈に議論して、組合費で別荘を買いました、とさ。

308 :革命的名無しさん:2007/03/28(水) 19:05:43
ま、大体こんなことだ。思い違いが是正されれば一応役目は終わる。
>事実関係もはっきり聞かされず、考えろったって無理よ。
その辺のことは悪かったと思う。事情をくんでほしい。
これ以上の話は信義上できないので終わりとするから。

309 :革命的名無しさん:2007/03/28(水) 19:09:19
>事実関係もはっきり聞かされず、考えろったって無理よ。

権力との関係で事実関係を何でもかんでも明らかになんかできないだろうが。
洗いざらい全部明らかにする方が、おかしいさ。



310 :革命的名無しさん:2007/03/28(水) 19:19:25
>感覚の話じゃない。

「つるし上げ」って感覚の話し以外あり得ないだろうが。

311 :革命的名無しさん:2007/03/28(水) 20:15:07
革マル派館
http://www.uranus.dti.ne.jp/~yuugeki/maru00.htm

カクマル  97年「早稲田祭」に行って来たぞ!
http://www.uranus.dti.ne.jp/~yuugeki/waseda.htm

革マル派講演会に行く
http://www.uranus.dti.ne.jp/~yuugeki/maru.htm

内ゲバでGO!
http://www.uranus.dti.ne.jp/~yuugeki/utigeba.htm

革マル派
http://mentai.2ch.net/kyousan/kako/961/961346735.html

革 マ ル 派 2
http://money.2ch.net/kyousan/kako/971/971060632.html



312 :革命的名無しさん:2007/03/28(水) 22:21:21
川口氏は中核シンパというより革マルシンパだったのではないか。
「よりによってなぜ川口なんだよ」はそういう意味か。
「謝罪」、「アジテーション」もすべてそういう意味か。

313 :革命的名無しさん:2007/03/28(水) 22:32:17
>>291
やはり68年の解放派に対する陰湿なテロが全ての始まりだと思うぜ。

314 :革命的名無しさん:2007/03/29(木) 00:18:44
反スタ運動から脱落した人たちが結構ここに書き込みしてんだね。オマイラが根性なしだからGoogleマップの芝公園23号地のような人数で労学統一行動やってんだよw

没落の一途を辿ってるね

315 :革命的名無しさん:2007/03/29(木) 08:25:06
>>312
ハッキリ言っておく。
川口のクラスは2J。そこの革マルのゴリの活動家もいた。
彼からよく川口のことを聞いていた。
川口は「革マルシンパ」では全くない。



316 :革命的名無しさん:2007/03/29(木) 08:44:16
>314
23号地は1000名は入ります。
今の時代これだけの収容なら充分でしょう。

317 :革命的名無しさん:2007/03/29(木) 10:14:16
>315
2Jに革マルなんかいねーよ、このボケ!

318 :革命的名無しさん:2007/03/29(木) 12:19:15
>>317
オマエがカリカリするのは勝手だが、当時の2Jのクラス員にでも聞いたら。w
クラスの人間は誰でも知っているよ。

319 :革命的名無しさん:2007/03/29(木) 14:03:36
70年代後半から80年代前半にかけて、WでZに結集した人間にとっては、そうした
「川口君事件」の教訓が、こと改めて論議するようなことはなかった。
M上氏が下獄してからも、そうした話が組織的に論議された覚えは無い。
当時のW指導部は、ほとんどが「川口君事件」になんらか形で関わったいた筈なの
にである。

ところで、

JR総連が動労だった頃(JR総連=動労ではないといった硬直した対応は別として)、
革マルが労働者階級の深部に根を張って、今や日本の労働運動を牽引する原動力
となっているという主張は、見た目にも実感することができた。
R派集会での各労働戦線の代表の発言より、生身の労働者がそこにおり、頭でっか
ちの学生をうならせる実体験がそこにあった。
田端での春闘前段での泊り込みの労学連帯の座談会や、青年部合宿への参加等
「やはりR派ってすごいんだ」と思わせてくれた。
全共闘運動及び小ブル雑派の解体・没落の中で、唯一学生戦線でその運動・組織を
広げることが出来たのは、やはり動労に象徴される戦闘的労働運動を誰が領動してい
るかが、誰の目にも明らかであったからだろう。
現在でも総連が地道な平和運動や反グロ闘争を行なっているが、かってのように直
接的な労学連帯の場を持てない中で、R派の労働者性・革命性をどのように学生に
実感させているのだろうかと思う。
それだけは、理論学習を超えたところにあるので、現場は苦労しているだろうな、と
想像はつくが。

320 :革命的名無しさん:2007/03/29(木) 15:04:46
品川駅のスト権労学共闘集会のときは、下級生を置いて逃げるわけにも行かず
さすがにこの俺もお縄になってしまった。

321 :革命的名無しさん:2007/03/29(木) 16:00:03
>M上氏が下獄してからも、そうした話が組織的に論議された覚えは無い。
皆それぞれの呵責を感じながら、15年の表と裏の歳月が流れ風化した。
そしてさらに月日がたち
直接的にも間接的にも関与したもの達がもはや口を開くことはない。
しかし、あのWの日々を俺は忘れない。



322 :革命的名無しさん:2007/03/29(木) 16:20:55
>>319
>そうした話が組織的に論議された覚えは無い。

確かな。
ただ実際のところ、うち続く謀略襲撃をどうとらえるか、跳ね返すのか
に組織の総力をあげていた時期だからなあ。余裕がなかったと言えば
そうとも言える。

>かってのように直接的な労学連帯の場を持てない中で、R派の労働者性・革命性
をどのように学生に実感させているのだろうかと思う。

労組運動が右傾化どころか、根絶やしにされかかっている中でかなり難しいだろうね。
ただ地域的には、沖縄や石川などの平和運動センターなどR派が影響力を持っていると
ころ(特に石川はもろにR派のヘゲモニー)の交流会や講演会などに学生がオブザー
バーで参加するという形もあるだろうね。
沖縄は琉大学生会が正式加盟団体らしいが。






323 :革命的名無しさん:2007/03/29(木) 18:40:16
M上さんの「梯明秀との対決」(M上さんが全然伏字になってない(´∀`))を読んで、とりわけ
W指導部に対する当てつけとも読める「あとがきにかえて」を読んだ時、内心では「そうだ、そ
のとうりだ」と、思っていた。
とりわけ、L2.・P1の単ゲバ主義というか、政治主義的な発想は、もう学部に染み付いたDNA
かと思うくらいイヤな感じをもっていた。
他大学の奴に聞いても(高校同窓で、他大学でZになった奴がいるので)、「WのZお高く気取っ
てない」と思っていたようだ。
そうした体質が解決されること無く、奥田による「Z壊滅」に対して大衆的な反撃を組織化できな
かった遠因になっているのではないか、と思うのは僕だけだろうか?

324 :革命的名無しさん:2007/03/29(木) 18:58:31
>>323
別に村上君に対する批判でも、L2.・P1のことでもないんだが、
彼自身が単ゲバ主義に陥っていたこと。
更に言えば、W組織の中で云々と言われているけどね、そうではなく
もっと上のレベルの反映でもあったんだよ。

71年の10月23日の革マル派政治集会の場で「対立する党派をゲ
バルトで潰せ」ということが「政治組織局決定とは無縁に」基調報告
者(N氏)によって提起されさえした。
ただそれは直ちに組織的に否定されはしたが…。


325 :革命的名無しさん:2007/03/29(木) 19:05:54
>>324
>「対立する党派をゲバルトで潰せ」ということが「政治組織局決定とは無縁に」基調報告
>者(N氏)によって提起されさえした。

その話は聞き及んでいました。

でもM上さんの深い哲学的思弁からは、とてもM上さんが「単ゲバ」主義者であったとは思
えませんでしたが。

L1・P1がWの中でも特殊、って気はしませんでした?
まあP1は対青との関係で、L2は敵対党派が存在せず、王国だったからかもしれませんが。

326 :革命的名無しさん:2007/03/29(木) 19:11:49
川口事件以前の全中自結成大会の頃、全学で1000名にも上る学生が集まったのは
F´以下の自治会員を巻き込むだけの魅力をZ組織が保持していたからだったのだと思う。
全中自のデモに加わるだけでZだとか革マルだとか言う奴にはわからんだろうが。


327 :革命的名無しさん:2007/03/29(木) 19:19:12
>>324
全共闘時代における「暴力礼賛」的な時代の空気から、わがR派も決して自由ではなかった、と
いうことですね。
そう考えると、梅本が「時代の勝者はだれか」が判っていた70年初頭において、「海老原さん虐
殺に対するR派の対応がもう少し違ったものであれば、流れは違ったものになったかも知れない」
という訓戒は、一定度妥当性があったのでは。
77年か78年頃のイストに「『憂鬱なる党派』を書いた高橋の胸の内を、当時の我々が少しでも理解
することができたら、党派闘争のあり方も、もっと別の形になっていたかも知れない」との論旨という
か、ある種の後悔みたいな論文があったが、そうした気持ちはやはり党派闘争を担った世代の共通
感覚だったのだろうか?
僕の頃は、毎月のように繰り返される謀略殺人で、それこそ、それどころかの対応の日々だったが。


328 :革命的名無しさん:2007/03/29(木) 19:19:18
その成果を何であんなふうに台無してしまったのか、今でも納得がいかない。
B氏もT氏もさらにその上の人たちも内心は断腸の思いだったろうよ。

329 :革命的名無しさん:2007/03/29(木) 19:27:40
>「海老原さん虐殺に対するR派の対応がもう少し違ったものであれば、
今にして思えば、そんな気もするが、明けてみなけりゃわからないパンドラの箱だったのだろう。
もう少し、歴史に学ぶ必要があったような気がする。
そして数百人という死者の数が幕末の天狗党や京都の騒乱での死者に引けを取らない数であるというのに
ただ「過激派の内ゲバ」で片付けられている現代史にいつか誰かが棹差さなければならないとは思わないか。

330 :革命的名無しさん:2007/03/29(木) 19:30:03
70年代前半の党派闘争と、それに続く党派闘争ならざる党派闘争がなければ60年代
の活動家のように、それこそ理論学習や大衆運動の組織化に精一杯自分の力を注ぎこ
むことが出来たろうに、と当時は思っていた。
不勉強は自分の努力不足かもしれないが。しかし右も左も判らない中で、いきなり党派性
だけを強要されること無く、自分の思弁で「革マル主義」の何たるものかを咀嚼することで
きたろうにと思う。そうすれば、脱落者として残りの人生を後悔だけで送るような、現在の自
分はなかったのでは、と責任を転嫁したい気持ちにもなる。

331 :革命的名無しさん:2007/03/29(木) 19:30:17
いや無理だな。
その死者たちはなにかひとつでも肯定的なものを生み出したかね?

332 :革命的名無しさん:2007/03/29(木) 19:45:29
>>325

>とてもM上さんが…

これ以上ここで論じることは止めたほうがいいと思うけど、
11.8以前と以後では当然違うものがあるさ。
彼をよく知るものとして、いろんなエピソードもあるがヤメにする。
ただ彼の有能さを否定するものでは全くないことだけは言うまでもないよ。

>77年か78年頃のイストに「『憂鬱なる党派』を書いた高橋の胸の内を、
当時の我々が少しでも理解することができたら、党派闘争のあり方も、もっ
と別の形になっていたかも知れない」

読んだ。非常に異例と言えば異例の叙述だったな。
読んだ後、しばらく(何十分も)黙考した。
黙考した中身について、それもここで話すことでもないと思うので
すが…。






333 :革命的名無しさん:2007/03/29(木) 20:03:32
しかし、なんだ、カクマルは無意味なスコラが好きだね w

334 :革命的名無しさん:2007/03/29(木) 20:12:54
>>333
まあ戦争ロボットとして鉄パイプを振り回すことだけが、唯一の活動だった
ベレンコ中尉の仲間には、そうした思弁的な話は無関係でしょうから。

335 :革命的名無しさん:2007/03/29(木) 20:14:54
>>329
>>「海老原さん虐殺に対するR派の対応がもう少し違ったものであれば、
まぁ、そうだな。
海老原さん虐殺を、カクマルが自己批判していれば、
その後の歴史は180度違っていたかかもしれないね。


336 :革命的名無しさん:2007/03/29(木) 20:17:42
カクマルのスコラは、3Mと呼ばれている。


                                       3Mとは、無内容、無意味、無駄のことね。

337 :革命的名無しさん:2007/03/29(木) 20:20:34
>>336
思考することを停止したウジ虫には全ての思弁が3M。

338 :革命的名無しさん:2007/03/29(木) 20:26:37
70年代に活動したオイラは、Wキャンパス内は気が楽だが外に出ると、
あのピリピリした空気、尾行なんか命じられたときにゃホント消耗し
たよ。新入生の時のように普段は学館か自治会室で過ごし、デモで汗
流し、学習会で理論派ぶって(?)ワアワアやってたのが一番良かった
なあ。

339 :革命的名無しさん:2007/03/29(木) 22:08:48
>>330
気持ちはわかる。

しかも当時はZF組織化の基準は「戦術の一致」であるのに、それこそ
「命を賭して」の覚悟で臨む、ある意味MSの加盟書を書くようなものだ
ったからなあ。

でも、自分が生まれる時代は選べないってよく言われるさ。
あとね、「自分の思弁で革マル主義の何たるものかを咀嚼」していたつも
りでも、組織を離れざるを得ないこともある…。

L紙の購読でもしたら。詮索やオルグの連絡はないよ。


340 :革命的名無しさん:2007/03/29(木) 22:31:30
>詮索やオルグの連絡はないよ。
それは革マルに限ってはありえないと思われ。

341 :330:2007/03/30(金) 03:10:53
>>339
脱落後の半年はL紙もイストも読まなかった。
でもやはり、テレビやニュースでRの名前を聞くと・・・
以降、L紙もイストも出版物の全てを購入している。
その位の支援しかできないし。
>>340
読者カードをこぶしやL紙に送ったが、通常の出版物案内以上のものは来ていない。
一度、R派のHPの記述上の誤りを電子メールで指摘したら、お礼のメールは来たが。

342 :革命的名無しさん:2007/03/30(金) 10:30:29
>>341
私は数年前に脱落しましたが、辞めた直後の方がL紙やらイスト等を買っていました。今は新聞すらまともに読んでない状態です。

ところで私は村生活についていけなくて辞めた(脱走?)ので、最初はR派こそが世界革命を牽引していると引き続き思っていました。
しかし、元仲間に見つからないように授業に出、一般学生の視点から元仲間たちを観て、なんとももどかしい気持ちになりました。
旧態依然とした情宣方法では避けられるばかりだ。もっと工夫をしなきゃ。ノンポリの空気を読まなきゃ…。
「一旦相手の意識水準に降り立つ」ことは、情宣にしても必要なんじゃないかと思いました。それに踏まえた内容を提起しないと、
ノンポリには引かれるだけではないか。どうせ…L紙の記事を焼き直しただけのビラ、読むわけないじゃん!毎日悶々してました。

今となっては、もう取り返しのつかない状況…もう一度あの仲間たちに会いたいという気持ちもあるけど、それは叶わないことなので、こうしてこのスレを覗いているだけです。

独り言でしたm(_ _)m

343 :革命的名無しさん:2007/03/30(金) 10:41:09
発想の転換ができなければ旧社会党と同じ運命をたどる。
もう少し知恵を使えよ。
世界中で起きている新しい流れに応じた体質転換ができない限り未来はない。
ま、組合費や学友費を私物化しても逮捕される時代なのだから
おのずと襟を正す必要がある。その上でもっと狡猾にできないもんかなぁ。

344 :革命的名無しさん:2007/03/30(金) 11:39:47
おれは、ここを読んで、止めることにした。
カクマルは結局、クロカン教に過ぎないと、悟りました。
いろいろ、為になるお話ありがとう。では、どこかでまたね。



345 :革命的名無しさん:2007/03/30(金) 12:56:17
そうだな世界は広いよ。
マルクス主義組織・革命運動体なんて腐るほどある。反スタ掲げてるところでさえも、ね。
インターネットのおかげで頭も腐るほど無数の文献資料が読めるというのに。
Rだけが世界でも中心でもない、ってことだ。

346 :革命的名無しさん:2007/03/30(金) 14:47:50
ここのコケマル爺さんのカキコ読んでいると、
革マルって、ほんと典型的なカルトなんだなと思うばかり。

347 :革命的名無しさん:2007/03/30(金) 15:14:29
>>344
外部乙。

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